◆16〈勇者の上司〉も楽じゃない
異世界で活躍中の東堂正宗が、東京異世界派遣本部との通信回路を遮断したときーー。
本部の管理室では、星野ひかりが、天井を振り仰いで呆れ声を発していた。
「あんな自分勝手で、無責任なヒト、初めてみたわ!」
一方で、兄の新一は、カップを手にハーブティーを飲んでいる。
気持ちを落ち着かせるためだろうか。
一呼吸置いてから、妹を諭すかのように口を開いた。
「正宗くんなりに頑張っているんだし、ここは見守るしかないよ。
『災難の先触れはない』っていうからね。
彼なりに最悪の事態を避けようとしているだけだよ」
「そんなことーー。
聖女さんが危険に晒されても、良いっていうの!?
それが勇者の振る舞い!? 自分勝手すぎるわよ」
「だけど、今回の派遣案件は、仕事の契約が結べたかどうかすら怪しいぐらいの不明瞭なものだったからね。正宗くんばかりを悪くは言えないさ。
依頼主である異世界の教皇さんは、機械の翻訳機能がまともに起動しないほど、曖昧で難解な表現を多用するヒトだった。
それなのに、久しぶりに異世界派遣ができて、収益があっただけでも有難いぐらいなんだからさ。
快く異世界に飛んでくれただけでも、正宗くんには感謝だよ」
兄の説得(?)を受けて幾分、気が鎮まった星野ひかりは、自分に言い聞かせた。
「そうね。
マサムネ君にとっては、初めての異世界派遣。
魔王討伐なんて、大仕事よね……」
「そうそう。正宗くんにとっては初仕事なんだからさ。
少々、現地での対応がマズかろうと、大目に見てやらなきゃ」
「うん……」
落ち着きを取り戻し、ひかりは椅子に座り直し、コーヒーを啜り始めた。
そんな妹の姿に安堵したのか、兄の新一はハーブの香りを楽しみながら、今回の依頼を受けた時のことを思い起こしていた。
◇◇◇
僕、星野新一は、ティーカップを手にしたまま瞑目した。
(実際、今回の契約を成立させるまで、かなり難儀した。
というか、会話に齟齬をきたしまくったというか……)
仕事内容の確認をしようにも、相手の使う表現がことごとく詩的で、何を言わんとしているのか、とにかく判然としなかった。
そのくせ、要求だけは性急に仕掛けてくる。
契約専用のモニターには、顎髭が異様に長い、白髪の老人が二人、それぞれ金と銀の冠を戴いた姿で映っていた。
老人の名は、ロンマニス三世とルダレル四世。
異世界で、最大領土を誇る王国の国王と、最大信徒数を誇るレマナー教の教皇様だった。
金の冠を被る教皇は、嗄れた声で、朗々と謳い上げた。
「おお、闇夜を照らす灯りとなるは、勇者。
汝は神の御使い。
神の啓示を受けしかの者が、召喚されるは必然ーー嗚呼、偉大なる聖霊よ、勇猛なる神よ。
来るべき赤の月、明滅の時刻に降臨すべきは、漆黒の森ーー嗚呼、偉大なる……」
ーーとかなんとか捲し立てて、勢い任せに〈勇者〉を派遣すべき日時と場所までを、手前勝手に指定してきたのである。
実際、向こうの世界での日時や場所を召喚時間として指定されたところで、こちら側で都合よく設定できるわけがない。
コッチとソッチの世界では、そもそも時空がズレてるし、そんな詳細な設定を組むシステムが、コッチにはないしーー。
と色々と考えを巡らした。
が、まぁ、でも、いいや。
仕事になるなら。
なんでもいいから、送りつけてやれーー。
ってことで、僕は東堂正宗くんを、ソッチの世界へ送ることにした。
そしたら、なんだかんだで、ほぼドンピシャのタイミングで〈勇者召喚〉がなされたようだった(召喚儀式をした聖女様たちは、魔物に襲われて退散してしまっていたが)。
正直、僕としては、今回は、無事にドンピシャのタイミングで、向こうの世界に〈勇者〉を派遣できただけで、御の字だった。
信じられないほど、運が良い、と思った。
たしかあの教皇さん、予言の力によって地位を得たっていうけどーー案外その予言力、ホンモノかも……。
それなのに、もう一人の依頼者である国王の方は、ハッキリしない性格をしていた。
ボソボソと小さな声で喋るだけで、印象が薄かった。
おかげで、何を言っていたか忘れてしまったほどだった。
たしか「漆黒の森の探索」と「派遣隊の救出と援護」しか、依頼してなかったはずなんだよな。
まあ、「勇者よ、神よ」と謳うばかりの電波系詩人の教皇様よりは、目先のことというか、具体的な依頼内容で、応対しやすかったんだけど、国王と報酬の話を煮詰めている段階で、
「おお、勇者が魔王を討つさまが見えるーー!」
といった教皇様の叫び声が轟いたかと思うと、いきなり通信が切れてしまった。




