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◆14 聖女リネット

 この森は、彼女、神官の聖女リネットが、生まれ育った地であった。


 貧しいながら、両親と姉や、弟、妹がいて、彼女は幸せに暮らしていた。

 森には、売ればお金になる薬草などのアイテムが数多くあって、真面目に働けば、一家が暮らしていくには充分な豊かさがあった。

 姉と一緒に、木の実やきのこ、野草を摘むのが、彼女の日課だった。


 ところが、ある日突然、その生活は断ち切られてしまった。

 魔物が出没し、大挙して村に襲いかかってきたからだ。


 いきなり森の魔力が増大し、比例して魔物の数が爆発的に増加して勢いを増し、人間の生活圏に侵食し始めた。

 リネットが属していた森の小規模村落など、魔物にとっては数日分の飢えを(しの)ぐのにちょうど良い餌場に過ぎなかった。


 結果、彼女以外の家族ーーさらには、近在に住んでいた村人たちすべてが、殺されてしまった。

 農夫も木樵(きこり)も農奴も、老若男女の別なく、食い散らかされた。


 かねてから村人たちは、町から傭兵や冒険者を雇い入れて防備を固めようとしてはいたが、多勢に無勢、わずか一日で蹂躙(じゅうりん)されてしまった。


 その虐殺の日ーーたまたま、八歳だったリネットは、病気で床についていた。

 彼女は普段から病弱だったうえに、その日は朝から高熱があり、意識が朦朧(もうろう)としていた。

 生まれ付き聖魔法の属性をもち、魔力に敏感だった彼女は、濃くなる一方の魔素に当てられたのだ。


 だがしかし、そのことが幸いした。

 獰猛な魔物たちも、健康で活きのいい獲物を好み、息も絶え絶えの、生命力の弱い少女になどに、食指をそそられなかった。

 さらには、聖なる魔素を体内に宿したリネットのような〈不味(まず)い餌〉を、(ついば)もうとする魔物はいなかった。

 ただ、それだけのことで、彼女は助かったのだ。


 ちなみに、魔物が激増したのは、魔王が降臨したからだった。

 血や肉に飢えた魔物たちは、次々と人間を血祭りに上げていった。

 魔王降臨のお祝いをするかのように。


 その血の(とばり)の中にあって、息を(ひそ)むようにして生き残ったのが、聖女リネットであった。


 孤児となった彼女は教会へ(もら)われていき、そこで初めて、自身が聖魔力を内に秘めた少女であり、今まで病弱だったのも、魔素に当てられていたからだと知った。

 さらには、召喚魔法を行えるだけの魔力を秘めていたことが発覚し、十年経って、王国と教会、冒険者組合によって編成された騎士団を、この〈漆黒の森〉に派遣することになり、その派遣団の先導役兼勇者召喚係となったのだという。


 そして漆黒の森の中で、いよいよ勇者を異世界から召喚しようと魔法陣を組んだ。

 ところが、魔物に襲われ、術式の途中で退散するはめになり、このまま全滅するところだった。


 そんなときーー。

 幸いにも召喚魔法が成功していて、勇者マサムネがやってきたのであった……。


◇◇◇


 そうした経緯をつらつらと、鈴の鳴るような音色で語ってから、聖女リネットは、俺様、勇者マサムネの前で、両手を組み、頭を下げた。


「私のような天涯孤独な孤児をこれ以上増やさないためにも、勇者様に魔王を倒していただき、この世界から邪気を(はら)っていただきたいのです。

 この世を清浄にするためなら、私はいかなる犠牲をも(いと)いません」


 聖女様のまっすぐな視線を受け、正直、俺様はたじろいでしまった。


(おお、この女、マジに〈聖女様〉を()ってるよ。

 ーーってことは、今、俺様は、本当に〈救国の勇者様〉になってるってことか!?

 すげえ。まさか、本気で魔王討伐しろってことかよ?

 あれ? 言ってたっけ、そんなこと。

 もとよりそういった依頼だったっけ。

 ーーでも、まあ、いいや。

 宇宙レベルで偉大な(今の)俺様に、不可能はないからな……)


 俺は精一杯引き締めた顔付きで、自らの手で、彼女の組まれた両手を上から包み込んだ。


「わかった。そういう事情があるなら、仕方ない。

 勇者の俺様に、すべて任せろ。

 その代わり、ポーションはありがたく頂くからな」


 聖女リネットは、頼もしげに俺を見上げた。

 その瞳は、涙で(うる)んでいた。


「はい。あなた様を信じます」

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