◆13 あなたは十分、そっちの世界ではチート! 異常能力者なの!
現地の聖女様から、秘蔵の治癒ポーションをゲットした。
これで、回復力のカバーができた。
(よし! これで本当に俺様は、宇宙レベルで強い男になったぞ。
もう怖いものなしだ!)
俺様、東堂正宗は上機嫌になった。
魔王でもなんでも来てみやがれってんだ!
身体にも力が漲っている。やる気しかない。
ーーと、そのタイミングで、頭の中に女性の金切り声が反響する。
東京異世界派遣本部の星野ひかりの声だ。
「ちょっと、マサムネくん!
自分がどれほど酷いことしているのか、わかってるの!?
アンタは十分、自己治癒力を持ってるでしょ。
ナノマシンが体内に入ってるんだから!」
雇用主からの反発に、完璧主義者(?)を自認する俺は、腹を立てた。
「これだから、ひかりちゃんは甘いんだ。
些細なことが、大きなミスにつながるんだぞ!」
俺としては、これでも感情を抑え、クールに応対しているつもりだ。
防御の薄い聖女様から、治癒ポーションを掻っ攫うーーそれだけ耳にすると、たしかに聞こえは悪い。
しかも、俺様は、勇者であり、当該世界でのチート能力者である。
でも、だからといって、無防備で危地に踏み込むほど馬鹿じゃない。
そもそも、魔王を討伐し、人類社会を救済することは、いかなるクエストにも勝る、最優先事項なはず。
だったら、そのための準備に万全を期すことは当然だろう。
俺様は、いずれは魔王を討伐すべき〈勇者〉として、弱点を補強することの正当性を、立板に水のごとく捲し立てた。
「考えてみなよ。
いくら治癒力があるといったって、ナノマシンが動き出すまでの時間が空いてるじゃん。
その空白時間がたとえわずかだとしても、その間に俺様が死んでしまったら、どうしてくれんの?
そこはやっぱ、治癒魔法で自動的にフォローできないと。
それに、敵が魔法使ってきたらどうするんだ。
いくらナノマシンでも、魔法攻撃には対処しきれないんだろ?
あ、そうそう。知ってる?
この聖女のポーション、ダメージを受ける前に飲んでも、治癒効果が持続されるってさ。
ダメージ受けてから飲むしかない、通常のポーションとは大違いだぜ。
ほんと、ラッキー」
「…………」
星野ひかりは、言葉を詰まらせる。
バイト君が自分勝手な言い分をあまりに堂々としてきたことに、面喰らったのだ。
その一方で、〈勇者マサムネ〉の方は、
(ほらな。ぐうの音も出ないでやんの)
と思って、得意がっていた。
治癒ポーションを、新たに手に入れるーー。
これでようやく攻撃魔法を喰らってもダメージが回復できるし、物理的損傷を受けた際も、ナノマシンが発動するまでのタイム・ラグをカバーできる。
ーーそう思って、俺は胸を撫で下ろす。
が、安堵した瞬間、向こうから言い返された。
どうも、彼女が少しばかり黙ってたのは、俺の意向に賛同したわけではなく、考えをまとめるのに時間を食ってただけらしい。
「そうは言っても、やっぱりそのポーションは返した方がいいと思う。
あの人たちにとって、治癒ポーションはとっても貴重なのよ。
だいたい、あなたはかなりの治癒力が能力として付与されてるじゃない。
いくら魔法攻撃をされたとしても、たいがいは大丈夫よ」
ち、ち、ち! 甘いよ、あんた。
安全対策は、万全じゃないと!
俺は心中、強く思念した。
「なに言ってんの。
数値化されたステータスで見ると、カンストしてないじゃん。
ポイントは600しかない。
不安じゃん?」
もらった治癒ポーションを鑑定すると、300ポイントあった。
合計すれば900ポイント。
ここまで来ると、ほぼカンスト。
安心できる数値だ。
俺様は自己の生命を大切にする慎重派なのだ、と理論武装(?)する。
でも、ひかりは納得しない。食い下がってきた。
「あのね、そこまで完璧にしなくっても、あなたは十分、そっちの世界ではチート!
異常能力者なの!
魔物だろうと、魔族だろうと、どんな魔法攻撃を仕掛けてきても、跳ね返すほどの攻撃力があるのよ。
そのうえで、十分な自己治癒力を付与してもらってるわ。
それに比べて、そこにいる人たちは脆弱。
あなたが楽々と倒した魔物相手でも、死にかけてるの。
わかる?
実際、大勢、死んでるんだし。
それに、あの神官の少女は、魔法詠唱で他人を治癒することはできても、自分自身の傷は治せないの。
だから、護身用にポーションを持ってるのよ。
それを取り上げていいと思っているの!?」
今度は、俺様が腕を組み、思案する番になった。
(む。たしかに、そりゃあ悪いかも……)
他人の怪我を治せても、自分の怪我を治せないんじゃ、不都合も良いところ。
せっかくパンを持っていても、他人にあげるばかりで、自分では食べられないーーそんなかんじか。
考えてみれば、可哀想すぎる。
俺はちょっと弱気になった。
が、ブンブンと頭を横に振って、思い直す。
(ーーでもなあ、人それぞれっていうし。
世の中には、自分が飢えても、他人に施しをして、悦に入りたいっていう、おかしな人種もいるもんだ。
実際、この人、神官なんだろ?
普通の人じゃないんじゃ……)
この異世界において、もっとも「普通の人じゃない」はずの勇者マサムネは、聖女リネットの顔を見下ろしつつ、ポーションの瓶を手に、念を押した。
「ほんとにいいの? このポーションもらっちゃって」
「はい」
「聖女様」と称される少女リネットは、にっこりと頬笑み、即答した。
そして、暗い森の只中で、自分がなぜ、〈勇者(俺様)〉を召喚する任務を引き受けたのかを、語り始めた。




