◆2 雛、歌舞伎町にハマる
白鳥雛は、勤め先のガールズバーで、運命的な出逢いをした。
イケメンでスタイリッシュなだけでなく、会話だけで自分を気持ち良くさせてくれて、おまけに金払いまで良い(なにせ、金塊払いだ!)、まさに〈理想的なオトコ〉であった。
ところが、「またの再会を楽しみにしてるよ」という言葉を最後に、雛の「王子様」は突然、来店しなくなった。
翌日、その翌日ーーさらには数週間、数ヶ月も経った。
が、あの「王子様」は、二度と雛の前に姿を現さなかった。
名前も知らない、自称「王子」は、雛にとって、忘れられない「お客様」となった。
いや、「お客様」を超えた存在ーーまさに「片思いの相手」となっていた。
それから、白鳥雛の「王子様捜し」が始まった。
逢わなくなったからこそ、逆に雛の「王子様」への想いが募っていった。
あの「太客」である「王子様」との出逢いこそが運命だーー自分が博多から新宿歌舞伎町へとやって来たのも、すべて神様のお導きだったんだ! と固く信じ込んでしまった。
(ガチの運命なんだから、ぜってーまた「王子様」に会えるはず!
したら、告白してもらって、マジで結婚する!
あの王子様と、この歌舞伎町で出逢ったってのにも、ぜってー意味があるに決まってる!
再会を約束してくれたんだしぃ、ワタシ、マジでこの歌舞伎町でズッと待ってる。
ヤバッ、ワタシ、マジで健気じゃね!?
大勢のオトコをあしらって大金を稼いで、つよつよな「姫」になってみせる!)
巧くオトコをあしらえることが、どうして「王子様」に相応しい「姫」の条件になっているのか?
それは、雛が身を浸した世界の歪みから来ることだった。
博多弁が抜け、変則的でちょっと古いギャル言葉(?)を多用するようになった頃には、すっかり雛は歌舞伎町に馴染んでいた。
さらに、環境が、持ち前の夢見がちな性分を強化した。
雛は、当然のようにスピリチャル系の思想に嵌った。
「引き寄せの法則」「輪廻転生」「思いは実現する!」等々。
さらにーー。
「〈王子〉といえば、ホストでしょ!」
と唯一気が合ったバー仲間から、ホスト・クラブを紹介された。
「え〜〜。でも、ワタシ、〈王子様〉一筋だしぃ。
マジで他のオトコなんか、要らねぇし……」
と抵抗したが、友達から、
「だからさ、ホスクラ遊びは彼氏とは違うんだって。
アンタもオトコに慣れとかないと、〈王子様〉と再会できても、無視されるよ」
と言われ、渋々、初回に付き合った。
そしたらーー。
雛はホスクラに、一発でハマッた。
それも、ズブズブに。
実際、雛は行く先々で、「王子様」について問うていた。
シュッとしたイケメンで、スタイリッシュな着こなしをしていて、金塊で決済する「王子様」を知らないか、と。
すると、ホストや店長たちはみな、「知ってる」とか、「話に聞いたことがある」などと言って引っ張る。
目撃談を詳しく聞こうとして、そのヒトを指名して足繁く通っていたら、ホストからは決まって「俺をオトコにしてくれ!」と言われてしまう。
彼女も同じ水商売で生きている者として、営業を競わされる辛さはわかっている。
ついついホストに同情してしまい、金を払い続けた。
複数の店で「推しの王子」を作ってしまい、店長から、
「コイツをオトコにしてやってくれ。
〈狙い撃ち童貞〉を破らせてくれ」
と懇願され、シャンパン・タワーを何度も建てた。
でも、雛はめげない。
(ワタシ、ガチの〈ホスト狂い〉)なんかじゃねーし。
今度、あの「王子様」に会ったとき、恥ずかしくねーように、オンナ磨きしてるだけ。
王子に相応しい姫になれるよう、練習してるだけだしぃ……)
と、雛自身は思っていた。
でも、こんな日々を過ごしていたら、当然、お金はなくなる。
資金繰りが厳しくなって、ガールズバーよりもキャバクラが本業になっていった。
それでも、お金の自転車操業が無理になり、歌舞伎町から逃げなければヤバイほどになってしまった。
(この部屋にいるのも限界ね……)
そう思っていたとき、またもスマホに父親の声がこだました。
「ホストに騙されてるんだ。いい加減、あんなクズどもの……」
「キショ!?
マジで、なんで、ワタシのこと、知ってるわけぇ!?」
電話番号も変えた。
住まいも引っ越した。
それなのに、雛の近況も、借金の額も、親に知り尽くされていた。
雛は血の気が退いた。
「パパは、いつもおまえのことが心配で……」
父親の声を無視して、雛はスマホを切った。
再び、かかって来た電話番号を着信拒否にした。
そして、考えた。
(ひょっとして、いつも愚痴を言ったりして話しかけている、このぬいぐるみ……)
いつも一緒に寝ている、クマのぬいぐるみがあった。
高校時代から愛用しているぬいぐるみだ。
雛は意を決して、これをナイフで引き裂いた。
そしたら、案の定、綿の中に盗聴器が見つかった。
(ガチで、ヤベェよ、コレ!?
でも、盗聴器って、近くからじゃねーと声が拾えねーって、ドラマかなんかで……)
雛は慌てて窓辺に立ち、外を見る。
電柱の陰に見慣れぬ男の人が佇んで、こちらを見ていた。
京王線沿いの某駅間近の、こんなボロいアパートにまで貼り付いているのだ。
(マジかよ!?
探偵かなにか、雇ってんの!?)
引っ越さなきゃ。
そう思った。
そして、パパが心配だって言うんなら、もっと困らせてやれ、と決心した。
(そうだ、ワタシってば、天才じゃね!?
ショウ君(最近、貢いでるホスト)の所に転がり込めば良くね!?
ふふふ……押しかけ女房ってのも悪くねーし。
昭和テイストで、ショウ君、お気に入りだしぃ。
こう見えてワタシ、まだ誰にも身体を許してないけど、ショウ君、ワタシのこと、「誰よりも愛してる」って言ってたしぃーー)
当然、お客相手にホストは住所を隠している。
だけど、雛は「ショウ君」がスマホを席に置き忘れたのを拾っていた。
誕生日絡みの番号を打ち込んだら、開くことができて、住所と本名を見てしまった。
まったく悪気なく、「スマホを返しに来た」という体裁で、お宅訪問ができる、と雛は無邪気に喜んだ。
雛は、ルンルン気分(死語)で、ショウ君の住所のアパートに行った。
そしたら、見知らぬ女が出て来た。
雛よりも年嵩がいった、雛には似ても似つかない容姿のデブなオンナだった。
「あんた、だれ?」
彼女の後ろーー奥の部屋から、のっそりとショウ君が顔を覗かせていた。
彼に向かって、雛は俯き加減ながらも、叫び声をあげた。
「……嘘ついてんじゃねーぞ、コラ!」
雛はショウ君のスマホをオンナに向けて投げつけると、そのまま走り去った。
雛のスマホに何度も電話が鳴ったが、無視した。
そして、思った。
(やっぱ、ワタシには〈運命の王子様〉しかいないんだーー!)




