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東京異世界派遣 ーー現場はいろんな異世界!依頼を受けて、職業、スキル設定して派遣でGO!  作者: 大濠泉
閑話② 白鳥雛の体験:〈推しの王子様〉を捜す〈歌舞伎町の姫〉編
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◆1 謎の王子様

 白鳥雛しらとりひなは、今日も新宿歌舞伎町を歩いていた。

 少しでも暇な時間ができると、メイクして、旧コマ劇前のあたりをブラついてしまう。

 ヒナにとっては、博多中洲の繁華街もお気に入りだったが、歌舞伎町はさらに規模が大きい、大好きなテーマ・パークのように感じていた。

 中央の大通りから少し外れただけで、雰囲気がガラッと変わる。

 黒服の男たちが黒塗りベンツの前で整列する姿が見られたりする、ご機嫌な世界だ。


 彼女にとって、歌舞伎町は日常を忘れさせる、一種の異世界であった。


◇◇◇


 白鳥雛は、福岡博多の富豪の娘であった。

 いちおうは名家出身。

 某戦国大名の末裔まつえいと祖父は自慢していたが、本当はどうだか、彼女は知らない。

 それ以前に、祖父とは違って、孫娘である雛は、歴史にまったく興味がなかった。


 お嬢様系の女子大に通っていたとき、政略結婚で名家の嫡男とお見合いをした。

 名前はつよし

 父の会社を継いで、いずれは政治家という触れ込みだった。

 でも、イメージと違う。

 小太りで眼鏡をかけ、いつも視線を泳がせ、オドオドしている。


 ハッキリいって、趣味じゃなかった。


(完全に名前負けってヤツ?

 やっぱ、男は強引に女を奪い取るくらいの気概きがいがないと。

 頼ることもできんと……)


 天神や博多でのデートの際、些細ささいなすれ違いを繰り返した。

 その後、突然、付き合うのが嫌になって、ひなは東京に逃亡した。


「自立した女性を目指し、自活を始めるっちゃ!」


 ーーと、意気込みだけは立派な雛であった。


 保険会社に保証人になってもらい、なんとか外国人が多いアパートを借りることができた。

 行動力はあるのだ。


 当座の生活資金は、カードでキャッシング。

 80万円まで、限度いっぱい借りまくった。


 が、わずか一週間で、カードの使用状況が、両親に伝わってしまった。

 おまけに、下宿先の住所も押さえられてしまった。


 さすがに家族カードを使えば、借金がバレて当然。

 でも、そんな当たり前のことが、当時の雛にはわからなかった。


 彼女の両親はいまだに備え付け電話を愛用する、ヘンなところで保守的な性格だった。


 母親が電話口で叫ぶ。


「いいから、強情張ってないで、帰ってきんさい!」


「やだ」


福岡コッチで楽しく暮らせばええとよ。ミーコも待っとるけん」


「いつまでもミーコを構ってらんない。もうワタシは大人やけんね!」


 雛が言い返した、そのタイミングで、お父さんが受話器を奪い取ったようだ。

 突然、野太い声に変わった。


「雛、悪いことは言わん。帰ってきんさい。剛君も心配しとるけん」


「なしてね? なんで、そげなつまらんオトコのことば、ワタシに話しよーと!?」


許婚者いいなずけじゃなかか!」


「そげんこつ、パパが勝手に決めただけやけん。

 ワタシはワタシで生きていくけん!

 じゃ!」


 プチ。

 携帯を切った。

 それからも数分おきに電話が鳴ったが、無視した。


 着信拒否の設定をしたのは、翌日すぐのことだった。


 着拒の仕方を教えてくれたのは、バイト仲間の女性である。

 彼女も訳アリの娘らしく、幾つもバイトを掛け持ちしていた。

 二人とも派手好きで、はじめはそろってコンビニバイトをしていたが、いつもお金が足りないと思っていた。


 結局、彼女の勧めもあって、雛はガールズバー勤めを始めた。

 キャバクラ嬢になることも考えたけど、さすがにそこまでディープになると、パパが東京にまで押しかけて来そうだったから、一応、避けた。

 金欠極まったときには、短期バイト的にキャバ嬢をやったりはしたが、メイン業務にはしなかった。


 歌舞伎町の外れにある店で採用され、店長からも常連客からも歓迎された。

 雛は顔が良かったし、性格的に水商売が向いていた。


 それでも、やり出し当初なため、稼ぎが足りない。

 しかも、仕事柄、嫌な客にからまれることが多かった。


 おかげでストレスが溜まり、買物で発散するから、お金がない。

 ネットで仕入れた節約術で乗り切ろうとするが、お風呂の残り水でトイレや床の掃除をする程度では、派手なブランド買いの出費には追いつかない。

 しかも、太客ふときゃくがついている先輩やキャバ嬢のから、服装やバック、化粧品などについて、上から目線で自慢されると我慢できない。

 男からの指名数を競うように、どちらが最新流行のブランド品を持っているかを競争し始めたら、もういけない。

 一緒にバー勤めを始めた友達とも疎遠になった頃、借金がかさみ、雛は危うい状況になってしまっていた。


 そこを助けてくれた「太い客」が登場した。

 いつも雛だけを指名して、大金を稼がせてくれる「お客様」である。


 その「太客ふときゃく」(外見では三十代前半?)は、スーツをピシッと着込んで、静かにカクテルを傾ける。

 彼は、およそ歌舞伎町には似つかわしくない、優雅な雰囲気を漂わせていた。

 白く綺麗な肌をしているだけでなく、端正な顔立ちをしたイケメンだった。

 ちょっと日本人離れした風貌で、実際に、外国人なのかもしれなかった。

 彼はじかに名乗ることはなかったし、日本円で支払わず、驚いたことに、金塊ゴールド・インゴットをじかに持ち込んで決済していた。


「マジで、誰なの、このヒト?」


 と、雛がひそかに店長に問うても、


「まるで知らないヒト」


 と、首を横に振る。

 店長がゴールドでの支払いを受け付けているのは、実際に、近所の換金ショップで現金化しても、ボロ儲けさせてくれるからだという。

 その「謎の太客」は、いつもお付きの老人から「王子」と呼ばれていた。


 彼は老人ひとりを従えて来店すると、脇目も振らず、雛の前のカウンター席に着く。

 そして、雛の手を取り、流暢な日本語で愛をささやいてくれた。


「キミは綺麗な瞳をしている。

 自分の心に正直に生きているんだね。素敵だ」


「お名前は?」


「私のことは〈王子〉とでも呼んでくれ。

 耳慣れた言葉なんでね」


 ガールズバーでは、お客が一生懸命、気を引こうとして話しかけてくる。

 とはいえ、あくまでお客は「お客様」であり、どんなにお客が気を使っているようにみえても、実際にお客側が気持ち良くならなければ、商売にならない。

 雛の側からいえば、「お客様」が気持ち良く自慢話をしたり、説教をかましてくるのを、うまく流さなければ、次回から指名を受けることはできない。


 でも、彼を相手にしたときは、そういった商売上の気遣いを一切しないうちに、気持ち良く会話が進んでいく。

 まるで、彼の方が、雛の性格を、遠い昔から熟知しているかのように、話のネタも、会話の呼吸も合わせてくれた。

 雛にとって、初めの体験だった。


 彼は、黄色に輝く石がめられた指輪までくれた。

 レモン・クオーツという石らしい。

 ダイヤモンドとかエメラルドに比べたら、安そうではあった。

 でも、白鳥雛にとっては、家族以外からの初めてのプレゼントだった。


 それに、「王子」は言っていた。


「これにはボクの魔法が込められているから、キミの身をまもってくれるはず。

 それに、その魔力が発動したら、ボクにはキミがキミとして、すぐにわかるんだ。

 たとえ、どんな姿になっていようともね」


 謎めいたセリフだった。

 雛が首をかしげていると、その「王子」は身をひるがえして店から出ていった。


「またの再会を楽しみにしてるよ」


 といった言葉を残して。


「……」


 雛は指輪に手を当てて、「王子」の後姿を見送った。

 白鳥雛にとって、初めての「本格的な恋」であった。

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