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◆99 あれは自暴自棄の一種だ。哀しみを紛らわすための習性ってヤツだ。

 白鳥雛しらとりひなが〈大聖女ヒナ様〉として異世界で活躍して帰還した翌日ーー。


 転送室で、東堂正宗とうどうまさむねが、星野ひかりに声をかけた。


「その後、どうなった?」


 東京異世界派遣会社では、依頼任務が終了したあと、派遣先だった異世界の状況を確認することが習慣になっていた。


 もとより、特定の異世界とのアクセスは難しい。

 一度、時空がつながった異世界であっても、そのつながりを維持することは難しく、たいていは派遣終了後、数日で途切れてしまう。

 しかも、つながりが絶たれる頃には、時空の歪みが激しくなり、異世界の側の時間進行が、極端に速くなる傾向があった。


 おかげで、派遣後の数年後、数十年後の状況が、わかったりする。

 でも、その後、突然、その異世界とのつながりが遮断されてしまう。

 次に、その同じ異世界との通じるのは、何年後か、何十年後か、誰にもわからない。

 ランダムで、こちらから制御できないのだ。


 だから、依頼任務終了後、その異世界とのつながりが絶たれるまで、後々のための情報収集にいそしむことになる。

 依頼主とコンタクトを取ったり、向こうの世界に残した増殖ナノマシンからの映像をモニターで拾ったりするする。


 星野ひかりは、そういった事後処理を終えたばかりであった。


 ひかりは正宗に膝を詰めて話し始めた。

〈大聖女ヒナ様〉が立ち去った後、異世界の王国が辿(たど)った顛末(てんまつ)を、誰かに話したくてウズウズしていたのだ。


「それがね、けっこう激変しちゃったのよ。

 パールン王国の国家体制ってやつが」


「ほう」


 身を乗り出す正宗に、ひかりは手帳のメモを確認しながら説明する。



 パールン王国では、マローン閣下が精力的に動いた結果、大政変が起こっていた。


 マローン閣下は、じつは王家の出身で、現在のダマラス王の父、先代のピット王の弟ーーつまりは当代王の伯父に当たるのだそうだ。

 さらに、『王国の危難の際には、強い権限を持つ』と法的に規定されていた立場だった。

 まるで『天下の副将軍』である。


 そのマローン閣下を、魔族女(カレン=マダリア)の甘言に乗せられて幽閉したのだから、ダマラス王とドビエス王子父子の罪は、(まぬが)れない情勢となった。


 結果、マローン閣下が主導する王国は、ドビエス王子を廃嫡とした。


 魔族女を聖女と見誤り、さらには〈真の大聖女様〉であられたヒナ様に対し、数々の無礼を働いた(かど)で、罪に問われたのだ。

 貴族のみならず、庶民をも巻き込んだ糾弾の嵐が、ドビエス王子相手に吹き荒れた。

 父のダマラス王も退位させられ、どうにもできなかったのである。


 結果、遠方のテーラー帝国に嫁いでいたドビエスの姉、サビーネが急遽、ダマラスの跡継ぎに決定した。

 そして、彼女が女王に即位すると同時に、夫のいるテーラー帝国とパールン王国が併合されるに至る。


 さらに、テーラー=パールン二重帝国は、ちょうど領土の間に挟まる格好になった隣国カラキシ共和国と、軍事同盟を締結した。

 帝国が持つ魔法力と、共和国が持つ魔道具技術を結集して、対魔族で共闘するためだった。


 そしてパールン王家と深く結びついていたダレイモス教会でも、改革の嵐が吹き荒れた。


 ぺぺ教皇は、各地の聖職者が召集された公会議で激しく糾弾された。

 魔族崇拝者であったライリーを重用した挙句、魔族女に(たぶら)かされて〈大聖女ヒナ様〉を糾弾した事実は、弁明のしようもなかった。

 結局、老教皇ぺぺは退位させられた挙句、背教者の汚名を着せられて、すべての事績を抹消された。


 そして、次代の教皇タタは、選出されると同時に、教会の名称をダレイモス教から大聖女教会に改めるよう宣言した。


 さらに、新たに組織された大聖女教会のパールン教区大司教には、ハリエット・フォン・ドノヴァンが選ばれた。

 ハリエットは神学校出身の騎士ではあったが、異例の就任であった。

 しかし、かの大聖女ヒナ様の信任が厚かった人物として、異論なく選出された。

 そして、ハリエットの麾下にあって精力的に布教活動をしたのは、〈聖女様に祝福された白い人〉ーーマオとピッケ、ロコら、元孤児たちであった。

 彼らは、〈大聖女ヒナ様〉の伝説を語り伝える伝道師になっていた。


 彼らいわくーー。


〈大聖女ヒナ様〉は初めから、孤児院に魔が巣食っており、〈魔の霧〉が生まれてくる、と予見しておられた。

 だから、わざわざ私たち孤児を拾いあげ、孤児院へと足を運ばれた。


 さらにヒナ様は、化粧品と薬をお造りになられた。

 これらを使ったものだけが〈魔の霧〉に毒されずにすんだ。

 ヒナ様は、自らがお造りになった〈聖魔法入りのお恵み〉を、少しでも大勢に普及させるために、市井の食品雑貨店の店先にお立ちになったり、戦禍(せんか)にまみれることになっても、最前線にまで出張って将兵たちを救い続けられた。

 まさに〈慈愛の大聖女様〉であられたのだ。ヒナ様は。


 当初、ヒナ様が黄色い肌をしておられたのも、理由があった。

 人類平等を願うヒナ様は、身を賭して、王家の見識を試されたのだ。

 案の定、肌の色で王宮から追い出されることになられたが、これも想定内のこと。

 おかげで、孤児院に直接出向いたり、薬や化粧品を広めることがおできになれたのだーー。


 そうした〈伝道説教〉を耳にしたパーカーは、首かしげる。


「そうかねえ。

 もっと、単純な女性(おヒト)だったと思うんだが。

 なぁ?」


 兄に声をかけられたエマは微笑む。


(さと)い方だろうと単純な方だろうと、どちらでもいいじゃない?

 兄さん、足、治ったんでしょ。

 ワタシもヒナ様から教わったお手入れのおかげで、今日も肌がピチピチしてるわ」


「ああ。みんな緑色の肌になって平等だ。

 困ってるのは、緑の肌を誇っていたお貴族様ぐらいだろうよ。

 はっはははは……」


 パーカーは商人であったが、今では爵位を与えられて貴族となり、統合国家の初代商務大臣輔佐に抜擢された。


 二重帝国でも共和国でも、王国と同様、聖女信仰は強く、〈大聖女ヒナ様〉の活躍は響き渡っていた。

 おかげで、パーカーが、大聖女様とともに、孤児院で人助けをしていた、という前歴は、どの国でも大変歓迎されたというーー。



 ーー以上の後日譚を、正宗は聞き終えた。

 わざとらしく、神妙な顔つきで感想を述べた。


「まあ、〈大聖女ヒナ様〉として伝説が残ったんならいいじゃないか。

 なにせ、聖魔法を込めた薬や化粧品で、それなりの人数の人々を〈魔の霧〉から助けたんだ。

 マオやピッケ、ロコなんかは、死者から(よみがえ)っている」


 そう言いながらも、正宗は笑いをこらえるのに苦労していた。

 逆に、ひかりはこらえることなく、素直に笑みを浮かべる。


「ふふふ。ーーそれだけじゃないわ。

 何万人もの肌の色を緑に変えてしまった。

 王国だけでなく、教会でも大変革がなされるきっかけとなったのは間違いないわ」


 面白がっていると、いきなり後ろから声が聞こえた。


「二人して、なんの話してんの?」


 ひかりと正宗が振り向くと、白鳥雛がさわやかな顔で立っていた。

 二人して話に盛り上がって、彼女の来訪にまったく気づかなかった。


「雛さん、おはよう。よく眠れたみたいね」


 ひかりが挨拶すると、雛も軽く伸びをして答えた。


「うん。ぐっすりと眠った。

 やっぱり異世界だと緊張してたのかな」


「嘘つけ!

 おまえ、はしゃいで、シャンパンタワーやってただろ!」


 正宗のツッコミをいつも通り無視して、雛はドッカリとソファに身を沈める。


「ああ……。

 ワタシはホンモノのシャンパンコール(シャンコ)がやりたい。

 ーーそれで、ひかりさんに相談なんだけど、ワタシが向こうの世界で作った化粧品、クリーム中心にほんのわずか、持ってこれたんだけど、そいつを十万円で売ってあげる。

 特別価格よ。本当は五十万円はするんだから」


「いくら聖魔法入りっていっても、コッチの世界で有効かどうかも、わかんないもの。

 十万円って、高いじゃない? いらない」


「え〜〜、マジで、高くないよ。

 ひかりさん、お風呂あがりに、青缶のニ◯アをつけてるだけじゃね!?

 女子力、低くすぎー」


「なによ。私には、あっているの。

 押し売りはやめて!」


 女同士のやり取りに、正宗が割って入る。


「ヒナ、俺が五万で買ってやる。

 それだけあれば、当座は良いだろう?」


 正宗は上機嫌だった。

 すぐさま財布からお札を取り出す。

 雛は小首をかしげながらも、提案に乗った。


「ぜんぜん足りないけど、まあ、いいよ。ちょうだい」


 雛は札を五枚、引ったくると、そのまま(きびす)を返して、部屋から飛び出していった。


 白鳥雛がいなくなってから、ひかりが正宗に尋ねた。


「ウチの〈大聖女様〉は、なんであんなにお金欲しがっているの?」


「オトコを失った哀しみは、オトコで埋めるしかないんだろ。

 それが〈ホス狂い〉の女なんだよ」


 おかしいな、とひかりは思った。

 マオもピッケも生き返ることができたんだから、「オトコを失った哀しみ」はないはずなのにーーと。

 でも、考え直した。

 あれほど可愛く(なつ)いていたマオもピッケも、自分を崇拝する信者になってしまった。

 それでは、ヒナさんにとって「オトコを失った」も同然だったのかもしれない、と。


 だから、別の方向からツッコミを入れた。


「でも、ヒナさん、『ホスト通いは卒業した』って、言ってなかったっけ?」


 正宗は肩を(すく)める。


「『今はメンコンだからいいでしょ!?』ってさ」


「メンコン?」


「メンズコンセプトカフェのこと」


「それってーーホストほどどキツく搾取(さくしゅ)されないけど、結局、同種の商売じゃない?」


 呆れるひかりに、正宗は深く椅子にもたれかかって(こた)える。


「さっきも、『ホンモノのシャンコが聞きたい』って言ってたしな。

 じつは、いまだに〈ホス狂〉を卒業出来てないのかも。

 売掛金が溜まってたりしてな。

 ああ、ウリカケ、今は法律で禁じられてたっけか?」


 ひかりは溜息をつく。


「なんか哀しいね。

 世界が違えば、伝説級の大聖女様だってのに。

 お金もあんなに稼いでたでしょ?

 でも、コッチの現実世界にまったく持ち越そうとしないなんて。

 なんだか、肝心なところで抜けてるっていうか、欲がないっていうか。

 せめて、ホストやメンコンっての? ひとときの夢の世界で(いや)されればいいけど」


「さあ、どうだろうね。

 自らハマりに行ってるだけだからな。

 あれは自暴自棄の一種だ。

 哀しみを(まぎ)らわすための習性ってヤツだ」


 はああ〜〜。


 ひかりと正宗は、(あきら)めの吐息(といき)()らすばかりであった。


(了)

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