◆95 大っ嫌い、アンタたちなんか!
パールン王国予言省長官マローン閣下による、隣国の政治状況を絡めたうえでの解析のおかげで、〈白い聖女様〉カレン・ホワイトこと、〈白い悪魔〉マダリアの活動の足取りが掴めた。
そうした裏事情を知ることができた結果、どうにか、今回の〈聖女召喚バッティング事件〉から端を発した一連の事象を、全体的に把握することができたようだった。
星野新一が眼鏡を掛け直しつつ、補足説明する。
彼は、異世界派遣業界の情報網にアクセスして、マダリアが属する魔族の能力を検索し終えていた。
「あのマダリアってのは、おそらく、ヒナちゃんが召喚されるタイミングで、召喚魔法陣の只中に〈空間移動〉したんだろうね。
あそこの魔族はみな、魔法が使えるそうだから。
近距離しか移動できないそうだけど、〈念動力〉なんかも扱えるらしい」
東堂正宗は、いつも通りの軽口を叩く。
「あのちびっ子、〈魅了〉も、見事に使いこなしてたからな。
〈空間移動〉も、お手のものだったのだろう。
おおかた、王子の寝室から、召喚魔法陣に移動してきたんだろうさ」
星野ひかりは、手帳を見ながら首をひねる。
「でも、どうして王子を籠絡したのかな。
直接、ダマラス王をターゲットにしていたら……」
これには兄の新一が、冗談を含めつつ応える。
「そりゃあ、魔族にしても、年寄りよりは若い男の方が良かったんだろうね。
それに、王様近辺のガードが固く、付け入る隙がなかったからかも。
常に王宮の魔法使いや教皇らに近侍されてるから」
正宗は、白鳥雛が無事に任務を果たした安堵感から、話を混ぜ返す。
「そんなことよりさぁ、ナノマシンが真っ当に働いてたら、面倒の大半はなかったのにな。
初めからヒナが緑肌の聖女に〈変容〉してくれていたら、一発で王様や貴族たちから信用されただろうに」
五十年前、〈魔の霧〉を祓って国難を救った〈聖女様〉が、イタリアの金髪白人女性だったことも、運が悪かった。
せっかく魔族としての誇りから、妖魔マダリアが、
『緑や黒の肌になぞ、変われるものか!』
と、白い肌のまま、人間に変化してくれてたのに。
「見慣れない黄色い肌よりは、白い肌の方がマシだったんだろうね、王国人としては。
かくしてヒナちゃんは聖女認定されないままに、お城から追い出されてしまったーー」
そう語ると、新一は、再び、派遣先で起こった事件の把握に努める。
「あとは、モニターで観てきた通り。
ライリー神父が何人もの孤児を〈龍の卵〉に生贄として捧げて、〈黄金の双頭龍〉が出現したーー。
ところが、生贄がわずかに足りなかったおかげで、龍が大きく飛翔することなく、被害が少なくて終わった。
隣国カラキシ共和国の特攻軍による、孤児院襲撃のおかげかもね」
ひかりは渋い顔をする。
「たしかに、それはそうなんだけど……。
ヒナさんには聞かせられないセリフね。
ほんと、マオくんや、ピッケとロコちゃんは可哀想だった」
新一も憂いに沈んだ顔でうなずく。
「ほんとにね。あの神父も諦めが悪かった。
あんな幼い子供ーーピッケとロコまで道連れにするなんて……」
正宗は無理に朗らかな口調で予測する。
「まあ、物は考えようさ。
あの子たちがいないんじゃ、ヒナのヤツも未練ないだろ。
さっそく、東京に帰るって言うに違いない」
◇◇◇
東京での予想通りだった。
「ワタシの契約は、果たされたはずですよね」
ワタシ、白鳥雛は、依頼主であったマローン閣下に念押しした。
すると、白い顎髭を蓄えた老人は、深々とお辞儀する。
「はい。見事に〈魔の霧〉を祓っていただきました。
孤児院の地下にございます卵型生物兵器も、今ではヒビが入って、すぐにでも殻を割ることができる、との報告が部下からありました。
畏れ多くも聖女様の名を騙った、かの白き魔族女ーーあの女が自らの魂を〈卵〉に宿し、その〈卵〉を媒介として、これまで人々の魂を喰らっておったのでしょう」
カレン・ホワイトこと、魔女マダリアの消滅により、供給される養分を絶たれ、〈卵〉の成長が止まってしまった。
さらには、内側に取り込んでしまった〈聖魔法〉の魔力で、殻が割れてしまったらしい。
魔族特製の卵型生物兵器が死んだのだ。
これで、〈黄金の双頭龍〉が復活することも、〈魔の霧〉が発生して、人間が狂うこともないであろう。
ワタシはマローン閣下をまっすぐ見詰めた。
「もう、ワタシがこの世界に留まる必要も意味も感じません」
内心では、マオが生きていたら、ホストクラブのホールを任せていたものを……とは思っていたけど、残念なことに、マオはもういない……。
マローン閣下は、首を緩やかに振って懇願する。
「これからも、わが国に留まっていただけませぬか。
聖なる光で包んでいただければ、これ以上の喜びは……」
でも、ワタシの意志は固い。
老人にみなまで言わせず、言葉をかぶせた。
「いえ。
もう依頼は果たしたんだから、日本の東京ーーもともとワタシがいた世界に帰ります。
許可を!」
マローン閣下は厳しい目付きで、周囲を見回す。
慌てて、王様は席を立ち、教皇や群臣らとともに、深く頭を下げる。
「今度こそ、国を挙げて、聖女様を歓待いたしますゆえ……」
ワタシはみなまで言わせず、首を横に振る。
「もう、ワタシの仕事は果たしました!」
聖女様のお怒りは鎮まっていない。
〈謁見の間〉にいる誰もが、承知していた。
その中で、あえて、前に進み出る者がいた。
騎士ハリエットである。
「聖女ヒナ様、ぜひとも、ご再考を願います。
弟のパーカーが、申しておりました。
いずれ日を選んで、マオとピッケ、ロコの葬儀を行います。
ですから、せめて聖女ヒナ様の参列をお願いしたくーー」
それまで無表情であったワタシの顔が、突然、崩れる。
両目いっぱいに涙が溢れ出した。
「わかったわ。お葬式には出席します。
でもその後、この世界ーーパールン王国に、長く留まるつもりは、ぜってーねーから。
だって、彼らをーー勇敢だったマオたちを、最後まで蔑視していた連中と、膝を交えるつもりはないんだかんね。
たとえ、それが王子様、王様、教皇様だろうと、お偉い貴族様だろうとーーどんな輝かしい緑の肌をもっていようとも、ワタシにとっては恥ずべきクズ野郎どもですから!」
マローン長官は項垂れた。
「……わかりました。
どうか、失礼の儀、重ね重ねご容赦を」
王と教皇、群臣は、いっせいに片膝立ちになって懇願する。
「その……我々を恨まないでいただきたい」
頭を下げて居並ぶオトコどもを見おろし、聖女ヒナは言い捨てた。
「ふん、〈真の聖女様〉がお怒りになるのが、怖いだけじゃね!?
ほんと、碌なオトコがいないわね!」
ワタシは踵を返した。
「これ以上、マジで、ワタシに触れんな。
大っ嫌い、アンタたちなんか!」
ワタシは最後まで王侯貴族どもを赦すことなく、王城から立ち去った。
ハリエットだけが、慌てて彼女を駆け慕っていった。




