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◆94 老人の大演説 

〈真の聖女ヒナ様〉が、異世界への帰還を強く希望するーー。


 その態度を見たすべての者が、ガックリと肩を落とす。

 もはやワタシ、白鳥雛しらとりひなを、「偽聖女だ」「黄色い肌だ」と(おとし)める者はいない。


 そのとき、悄然(しょうぜん)としている貴族や騎士たちを押し分けて、一人の老人が列の(すみ)から姿を現す。


「私どもの王国ーーいえ、われらが人類社会を、魔族の手から救ってくださり、感謝いたします」


 新たな人物の登場に、ワタシは振り向いた。


「あなたは?」


「女神様のお告げに従い、異世界からの聖女召喚を提案した者です」


 深々と拝跪(はいき)する老人ーー彼こそが、予言省長官マローン閣下であった。


「ああーーハリエットの上司の方だっけ?

 たしか、どこかに閉じ込められてるって(うかが)ったんですけど?

 その割には、よく事情を飲み込んでるような?」


「はい。幽閉されておるうちに、瞑想(めいそう)による思念力(テレパシー)と、そこに(ひか)えておりますハリエットたちによる調査によってわかった、事件のあらましを、不祥(ふしょう)、私めが聖女様にお伝えしたく思います」


 そう口上してから、老人は、王や王子のみならず、列席する貴族たちにも伝わるよう、大声で演説を始めたーー。


◇◇◇


 その後、東京異世界派遣本社ではーー。


 三人の男女が、さっそく議論を始めていた。


 星野新一がコーヒーを飲み終えるや、膝を叩いた。


「今回のヒナちゃんの派遣、ようやく事件の全貌(ぜんぼう)が見えてきた。

 ここら辺で、ちょっとまとめておこうか」


 東堂正宗とうどうまさむねも、椅子の背凭(せもた)れに身を(ゆだ)ねながら、大きくうなずく。


「あのマローンとかいう爺さん、やっとこさ姿を現したかと思ったら、朗々(ろうろう)と長丁場の演説を始めやがって……」


 正宗は口を(とが)らす。

 不満げな口振りだが、人一倍熱心に老人の演説に耳を傾けていた。


 マローン閣下の演説は、とんでもない長さだったけど、彼の低い声色がカッコよくて聴きやすかったから、なんとか御説を拝聴(はいちょう)できた。


 正宗は、さもおかしそうに、笑いながら言った。


「それにしても、あの爺さんの解説がよほど(こた)えたのか、王様と教皇の青褪(あおざ)めた顔ったらなかったな」


「そうね。ほんと、あの演説がなかったら、私たちも事態が(つか)めてないことが多かったと思う」


 星野ひかりが、文具女子らしく、メモを確認する。

 彼女は、これまでの経緯を、時系列でまとめていた。


 順番に説明するとーー


 まず、パールン王国予言省長官マローン閣下が、私たち東京異世界派遣株式会社に〈聖女〉を派遣するよう依頼してきた。

 依頼内容は『国難として予兆された〈魔の霧〉の発生を抑え、(はら)うこと』であった。


 ところが、連絡の取り難さもあって、派遣契約を結んだものの、〈魔の霧〉とは何を意味するかが不明瞭なままに、私たち東京異世界株式会社は、白鳥雛しらとりひなを〈救世の聖女〉として派遣した。


 そして、派遣先であるパールン王国で、異変が起こる。

 予定日より三日早く、聖女召喚儀式を、ドビエス王子が強行した。

 異世界同士をつなげる時空の歪みがひどくなり、なんとか転移を果たすものの、外部からの干渉を容易にしてしまった。

 その結果、〈聖女様〉が、二人も同時に召喚されてしまう異常事態に(おちい)った。


 一人は、私たちが派遣した、聖女ヒナ。

 そして、もう一人は、白い肌をした金髪蒼眼の美少女、聖女カレン・ホワイトーー。


 二人の聖女を見た王子は、迷わずカレンに手を差し伸べ、〈聖女様〉として歓待する。

 かたや、私たちが派遣したヒナは〈聖女様〉とは認められなかった。


 派遣先であるパールン王国では、肌の色による階級差別が濃厚であった。

 緑色の肌をした者が王族・貴族などの上位層を形成し、ついで黒人が中間層、白人が底辺層を形作っていた。

 そのため、どの色にも属していない、黄色い肌をしたヒナは、一目で気味悪がられ、王子からに忌避(きひ)されたのだ。


 ちなみに、本来ならナノマシンが働いて派遣先で不都合がないよう肉体が〈変容〉されるはずなのに、ヒナは日本にいるときとほぼ同じ姿で、パールン王国に転移してしまった。

 この理由の詳細は、いまだにわかっていない。


 一方、カレン・ホワイトは、王国において〈準市民〉扱いされる、白い肌をした女の子だった。

 それなのに、なぜ〈聖女様〉として歓待されたのか?


 それは、かつて召喚された聖女が、白人だったという先例があったからであった。

 さらに言えば、『金髪の可愛らしい白人の女の子が〈聖女様〉として召喚される』と、ドビエス王子が夢で見てしまったからだった。(この夢見じたい、魔族であるカレンの魔力によるものである)


 結局、ドビエス王子は〈聖女カレン・ホワイト〉に手を差し伸べる。

 一方で、もう一人の〈聖女様〉であったヒナは、ダマラス王の命に従って騎士ハリエットが後見役として付けられたものの、王宮から追い出されてしまったーー。


 この聖女召喚儀式における混乱が、なぜ起こったか。

 これはマローンの爺さんが話した内容と、これまでの経緯から導き出せた結論ということになるがーー。


 なんでも、カレン・ホワイトこと、〈白い悪魔〉マダリアは、もともと隣国からやって来たらしい。

 隣国のカラキシ共和国は、過去に一度、政権を彼女に乗っ取られていた。

 大統領マヨイガの精神が、〈妖魔マダリア〉に取り()かれてしまったのだ。


 そして、マダリアは共和国の国政を壟断(ろうだん)し、様々な悪法を施行させた挙句、〈魔の霧〉を発生させた。


 カラキシ共和国には、数えるほどしか魔法使いがいない。

 それでも、魔道具の研究が盛んな上に、魔族世界と国境を接していることもあって、軍隊が精強だった。


 共和国将軍ジッチョクが、大勢の兵士と稀少な魔道具を犠牲にし、なんとか〈魔の霧〉を撒き散らす〈双頭の龍〉を打ち消すと、即座にクーデターによって政権を奪取する。

 そして、魔族に(たぶら)かされた大統領マヨイガを銃殺し、妖魔マダリアを政庁から追放することに成功した。


 だが、〈魔の霧〉を発生させる〈卵〉を壊すことに失敗し、〈卵〉は行方知れずになってしまった。


 将軍ジッチョクは、国内に潜伏していた魔族が、〈卵〉を国外に運び出したに違いない、と推定した。

 そして、すぐさま近隣諸国に注意を喚起するよう(うなが)した。


 しかし、クーデター政権の主張を、真面目に聞く国家は少なかった。


 隣国であるパールン王国も、耳を貸さなかった国の一つだった。

 特に前政権と(よしみ)を通じていたため、クーデターによって成立した新政権に、ダマラス王は信頼を置いていなかった。


 妖魔ら、魔族勢力は、その隙を突いた。

 次の宿主として、パールン王国ドビエス王子に白羽の矢を立てた。


 まず、妖魔マダリアは、共和国を出奔(しゅっぽん)した後、ライリー神父に接触した。

 ライリーは、マダリアに容易(たやす)く、ひれ伏した。

 彼は白人差別に対する恨みから、聖職者にありながら、元から〈隠れ魔族崇拝者〉であったからだ。


 結果、ライリーが経営する孤児院の地下広場に、〈魔の霧〉発生装置であり、〈龍の卵〉や〈マダリアの子宮〉とも称される、卵型生物兵器を設置することに成功した。


 さらに妖魔マダリアは、ライリーを介した教会の情報網を通じて、パールン王国が、予言省の提言で、近々、聖女召喚儀式を()(おこ)なうことを知った。


〈魔の霧〉を(はら)う〈聖女〉が召喚されては困るーー。

 そう案じた妖魔マダリアは、ドビエス王子を夢見で(まど)わし、籠絡(ろうらく)する。

 そして、聖女召喚儀式に干渉し、マダリア自身がカレン・ホワイトとして聖女になりおおせることに成功したーーと。

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