◆93 聖女ヒナ様、万歳!
ワタシ、〈真の聖女ヒナ〉は、憎きドビエス王子を宙に放り上げ、〈白い悪魔〉マダリアに向けて思い切り叩き込んだ。
その瞬間、新たに、聖なる大魔法が展開した。
巨大な、真っ赤な色をした聖魔法陣が、天空に描かれる。
今までの青白く輝く聖魔法陣に、二倍の大きさで上書きされた大魔法陣であった。
「ぎゃあああああ!」
偽聖女マダリアは、断末魔の叫び声をあげ、一瞬で消失した。
と同時に、凄まじい魔力の波が、王都にいるすべての人々に直撃した。
身体が一瞬、白く輝いたかと思うと、大勢の人々が〈変容〉の魔法を受けていた。
「な、なんだ!?」
「なにが、起こってーー?」
「見ろ!」
「おおっ!」
なんと魔法を受けた人々がみな、肌の色が緑色に〈変容〉していたのである!
だが、その事実を、王都民のみなが確認するのは、まだ先の話であった。
このとき、王宮の謁見の間で展開した事件はーー
幅を利かせていた〈白い聖女様〉が、悲鳴をあげて消え去ったこと。
そして、貴族に従っていた黒人従者すべての肌が、緑色に変わったことであった。
王様も教皇も、貴族や騎士たちも、居並ぶすべての王国高位者たちが目を丸くする。
黒人従者たちも、自らの腕や胸元などを見て、肌の色が変わったことを確認し、歓喜の声をあげていた。
「奇蹟だ!」
「生まれ持った肌の色が、変わるだなんて!」
「これでバカにされなくて済むぞ!」
驚愕の事態に、王侯貴族たちは息を呑む。
そんな彼らの目前には、黄金と緑に彩られた光を放つ存在がいた。
今や、緑色の肌となっていたヒナ・シラトリーー異世界から召喚された〈本物の聖女様〉の姿であった。
誰ともなしに声をあげた。
奇蹟を目の当たりにした興奮とともに、拳を振り上げた。
「聖女ヒナ様、万歳!」
「聖女様、万歳!」
わああああ!
謁見の間であがった歓声が、やがて王宮全体に、さらには王都全域に広がるまで、さしたる時間もかからなかった。
〈真の聖女ヒナ様〉がおこなった大魔法の効果は、王宮内に止まらなかった。
老若男女、王都に住まうほとんどすべての人々の肌の色が、緑色へと変貌していたのである。
城外での大変化は、すぐに王宮へと報せられた。
が、その必要はなかった。
貴族の従者には何人もの黒人がいたが、彼らすべてが緑人になっていた。
さらに、ついさっきまで、王子から虐待を受けていた白や黒の孤児たちも、みんな緑色の肌になっていたのである。
謁見の間で聖女の力が発動したばかりの頃は、貴族たちも〈聖女の秘蹟〉を目撃したことによる感動に打ち震えていた。
が、聖女の聖魔法の効果が広く王宮外、王都全域に渡ったと知れた頃には、みな慄然として沈黙した。
王国人にとって、緑色の肌は高貴な者の証、黒白に対する差別感情が染み付いていた。
特に、そうした通念によって身分が支えられてきた貴族たちにとって、〈真の聖女様〉の大魔法によってもたらされた変化が、世の中の規律を一変させるほどの大事件であることが、時が経つにつれ、ようやく飲み込めて来たのだ。
実際、今後、元黒人や元白人による身分の突き上げが始まり、急激な民主化運動が勃発することになる。
が、それはまだ少し先の話ーー。
舞台はいまだ、〈聖女ヒナ様〉の大魔法によって、〈白い悪魔〉が消し飛び、王国の中心にいる者たちの肌が、押し並べて緑色になったばかりの王宮内〈謁見の間〉ーー。
ドビエス王子が、ようやく目を醒まし、正気を取り戻しつつあった。
まるで弾丸サーブのボールのように扱われていながら、王子の身体は無傷であった。
彼は、マダリアの〈魅了〉と、希釈された〈魔の霧〉によって、ずっと洗脳されていた。
だがしかし、王族なだけあって、潜在的な魔力量は相当なものだったので、しだいに聖女の聖魔法に順応してきたようだった。
「あ……父上……これは……あ!」
ワタシが黄色い肌から緑色の肌へと変貌していることに、彼は気づいた。
王子はヒナの方を見て指さす。
指は小刻みに震えていた。
「こ、この女、異世界から召喚した偽聖女……あれ、カレンはどこだ?
私の可愛いカレンは……」
項垂れて玉座にへたり込む王に代わって、騎士ハリエットが王子の頭をガツンと殴る。
身分上、考えられない不敬な振る舞いであったが、咎める者は誰もいなかった。
王も教皇も、誰もが、意気消沈していた。
自分たちが魔族女に扇動され、〈本物の聖女様〉に敵対し続けていたという事実に、打ちのめされていたのだ。
王子派の騎士たちですら、すっかり虚脱していた。
それほど〈聖女ヒナ様〉の、緑色に輝く荘厳な姿に打たれていた。
「愚昧な王子よ。
〈真の聖女様〉であられるヒナ様を、どこまでないがしろにしたら気が済むのだ!」
ハリエットは王子を叱責した後、部下の騎士らに命じて、王子を拘束する。
そしてハリエット自身は〈聖女ヒナ様〉の足許で片膝立ちとなった。
「何なりとご命令を。聖女様。
私は貴女様を魔族どもとの闘争に刈り出すなどという忘恩なマネはしたくありません。
ーーいえ、たとえ王が命じたとしても従いません。
私の仕える主君は貴女ーー聖女ヒナ様です」
ハリエットの他、居並ぶ貴族たちはみな、忠義の想いを、〈緑の聖女様〉となったワタシに向けていた。
が、その一方で、肝心のワタシの方は、すっかり興が醒めてしまっていた。
「いえ。ワタシの〈聖女〉としての仕事は終わったはず。
もう、帰らせてください」




