◆91 事態、急転!?
聖女様による投げやりな発言に、王や教皇、貴族たちは驚いた。
本気で、ワタシ、〈聖女ヒナ様〉が、王国を救済するつもりがなく、異界へ帰還しようとしていることが察せられたからだ。
このまま、魔女マダリアが王宮で君臨していても、意に介さず、放置したままでーー。
それもこれも、王と王子が魔女マダリアを「聖女認定」して、〈真の聖女様〉であるヒナ様を蔑ろにし続けたからだ!
反射的に、大勢の人々が、王子と王、そして王子派の騎士団に向けて、怒りの視線を叩きつける。
デカい騎士団長をはじめ、王子派の連中は、驚懼して身を縮めるしかない。
と同時に、王や教皇らは、顔に絶望の色を浮かべていた。
ひょっとして、仲間割れしているうちに、聖女様に立ち去られてしまい、ほんとうに国が滅んでしまうのかーー!?
人間どもが動揺するさまを眺めて、〈白い悪魔〉は歓喜し、調子づいた。
「そうであろう、そうであろう。
聖魔法をいくら喰らっても、ビクともせなんだであろう?
あの〈卵〉の防壁は完璧じゃ。
覚醒状態のときですら、〈生贄を捧げようとする意志〉を感じなければ、直接には外部から魂を取り込まぬ。
しかも、もうすでに休眠状態となっておるからのう。
これから百年以上もの間、いかなる障害も外からは受けることはない。
いつまでも妾の魂を護り続けると同時に、人間どもの魂を喰らい続けて、いずれは〈黄金の双頭龍〉を復活させーー。
ーーぐっ!?」
機嫌良く喋っていた〈白い悪魔〉が、急に息を詰まらせる。
そして、身を屈め、呻き始めた。
両手で喉や胸、腹を次々と押さえる。
が、全身を震わせるばかりで、体内から痛みが去らないらしい。
見事な白い肌が次第に燻んでいき、彼女を取り囲む黒い霧も、勢いを失っていく。
マダリアは激しく悶えながら、地に倒れ込む。
そして顔を上げ、血走った眼を、ワタシに向けた。
「き、貴様……いつの間に〈卵〉の中に、聖魔法を撃ち込みおった!?
出来ぬはず……不可能なはずじゃ。
ど、どうやって、妾の〈子宮〉の中に、聖魔法を潜り込ませたのじゃ!?
あり得ぬ……!
〈卵〉はーー妾の〈子宮〉はーーすでに休眠状態に入っておる。
外部からは、いかなる力も受け入れぬはず……。
ま、まさか、休眠状態に入る前に、聖魔法を仕込みおった……!?」
いきなり苦しみ出した〈白い悪魔〉ーー。
その様子を見て、〈謁見の間〉は騒然となった。
貴族たちは互いに顔を見合わせ、ささやき合った。
「な、なんだ?」
「なぜ、偽聖女があのように苦しみ出したんだ?」
「わ、私にわかるわけがなかろう」
「そなたも聞いていたであろう?
アレは幻術によって見えているだけで、実の肉体ではない、と。
本体は別の所にあって、いかなる攻撃も受け付けぬ、と」
「であったら、なぜ、あのようにーー?」
「おそらく、その本体の〈卵〉とやらが攻撃を受けたのであろうよ」
「でも、あの〈白い悪魔〉は、いかなる障害も受けぬ、と宣言しておったではないか」
「いや、〈外部〉からは、いかなる障害も受けぬと言っていただけだ。
〈内部〉からの攻撃には弱いのかも」
「でも、どうやって?
どのような手段で、いつ、誰が攻撃したのだ?
強固な殻に覆われた卵なのだろう? その〈龍の卵〉は」
「だから、わからぬ、と言っておろうが。
わかるわけがない。
我ら人間に、悪魔を倒す術など……」
「そうだ。
〈悪魔〉を打倒し得るのは、〈神のみ使い〉のみ……!」
みなの視線が、一つに集まる。
青白く輝く光に包まれた、高貴な緑色の肌をもつワタシ、〈聖女ヒナ様〉にーー。
騎士や貴族たちから注目されながらも、ワタシは他からの視線をまるで意に介さない。
そのまま、冷然と、地面をのたうち回る偽聖女を見下ろしていた。
その結果、王も教皇も、〈謁見の間〉にいる誰もが、内心で思った。
(やはり、聖女様が何かなさったんだ。
人にも、魔族にもわからぬ奇蹟を!)
と。
その一方でーー。
余裕ありげな外面に反し、ワタシ自身は、疑問の渦に巻き込まれていた。
(はぁ? どーいうこと?
なんで急に苦しみ出したわけ?
この淫乱女?)




