◆90 なにぃ!? 貴様、それでも聖女か?
「おのれ、妾を無視するな!」
白い魔女マダリアは眼を赤く光らせ、ワタシ、〈聖女ヒナ様〉を睨み付ける。
が、ワタシはまったく動じない。
「ふん。アンタにも、ホンモノの聖女の力っての、見せてあげるわ!」
ワタシは、素早く巨大な魔法陣を宙に展開させた。
魔法陣から青白く輝く光が、弾丸のような塊になって連射される。
ダン、ダン、ダン!
凄まじい音とともに、大気が揺れる。
あまりの風圧に、人間たちはみな、地面に倒れそうになるほどであった。
だがーー。
「ほーっほほほほ!
いかなご自慢の聖魔法とて、妾を倒すことはできぬわ」
光の弾丸は、すべて〈白い悪魔〉に命中した。
なのに、彼女はまるで応えてはいなかった。
そのさまを見て、人間たちは恐れ慄く。
「緑に輝く聖女様でも、敵わないのか?」
「それほどの大敵なのか、この魔族の女は」
「やはり、高位魔族である〈悪魔〉だったのだ、この女はーー」
人々が驚懼する様子を見て、〈白い悪魔〉は幾分、得意げになった。
どうよ、とドヤ顔になって、ワタシを見遣る。
だが、肝心のワタシは欠伸をしていた。
そして、つぶやいた。
「あー、面倒くせー。
どーせ〈肉体強化〉でもして、『ワタシ、強いでしょ!』ってんでしょ?
いかにも淫乱な、身体を使うしかできない、脳筋女のやりそうな技ね」
マダリアの白い肌が、一気に赤みを帯びた。
「なにぃ!? 貴様、それでも聖女か?
肉体強化ごときで、聖魔法を防げるはずがなかろうが!
今までの聖女の事績から、我ら魔族が編み出した秘技ゆえに、聖魔法が効かぬのじゃ。
そう、我ら魔族は、歴代の聖女について研究し尽くした。
たとえば、十字を切るのも、貴様ら聖女の作法を調べて、真似たものじゃ。
白い肌のままでいたのも、今まで召喚されたのが、〈白い聖女〉の事例が多いとわかったからよ。
おかげで、愚昧な人間どもは、すっかり妾を聖女と信じおった。
どうじゃ、すっかり騙せたであろう?
かように、魔族の知性は、人間どもとは比べものにならぬ高みにある。
それゆえ、我ら魔族が仕掛けた技の仕組みを知ったところで、人間どもにはーーいや、聖女でさえも手出しできぬよう、考え抜かれておるのよ」
魔女マダリアは、得意げに鼻を鳴らす。
が、そんな彼女の姿を見据えたまま、ワタシは腕を組んだ。
「ふうん。魔族も結構、大変なのね。
でも、こんなクソみたいなレベルの国や人間相手に威張ったって、仕方なくね?
こんな世界、飽き飽きしてんだから、力使うだけ無駄。
ワタシ、もう日本に帰るから、せいぜい弱い人間相手にして強がってればいいわ。
それにーーどうせ〈魔族の知性〉って言ったって、たいしたもんじゃないでしょ?
いくら学歴があったって、マサムネみたいなのもいるんだし」
ガクレキなるものが何を指すのかわからないが、バカにされたことだけはわかるらしい。
マダリアは全身を震わせた。
「おのれ、我ら魔族の知性を、愚弄するかッ!
ふん、だったら、魔族の知性のほどを披露してやろう。
どうせ聖女であっても手出しできぬであろうから、種を明かしてやる。
ありがたく思え!」
〈白い悪魔〉が顔を赤くして、甲高い声を発した。
つくづく、煽られることに弱い悪魔であった。
「よいか。
聖魔法だろうが何だろうが、いかなる攻撃であっても、貴様らは妾に傷ひとつ付けることかなわぬ。
なぜなら、妾の実体は、貴様らが目にしておる、この肉体ではないからよ。
我が魂は、ここにはない〈卵〉に宿されておるのだ!」
「ああ、あの龍と同じ理屈ね」
ワタシは納得した。
〈双頭の龍〉を消し去ることはできたが、それだけだった。
まだ、死んでいない。
というより、孤児院の地下にある、あの気味が悪い〈卵〉がある限り、また龍は復活するんじゃないか、ってハリエットらは予測してた。
「ふうん。たしかに、タチが悪い仕組みね。
でも、だったら、その〈卵〉をどこか遠い所ーー魔族の国かどこかで安置しておいたら良いのに。
今、孤児院の地下にある、アレでしょ?
そんなの、みんなで叩き潰せば良いんじゃね?
もう、勝手にすれば?
ワタシ、もう関係ないから。
コッチの世界の人と魔族とで、仲良く喧嘩して?」
王国がどうなろうと、本当に興味はなかった。
どうせ、マオは龍に飲まれてしまったし、ピッケとロコは、ライリー神父と一緒に〈卵〉の養分にされてしまったのだから。
ワタシはすっか投げやりになっていた。
その一方で、マダリアの方は、焦りの色を見せ始めた。
本気でワタシがこの世界から立ち去ろうとしていることが、察せられたからだ。
〈白い悪魔〉は叫んだ。
「そうはさせない!
異界になぞ、逃さぬ!
必ず、この手で〈聖女〉を倒してやる!」
聖女を実際に打倒しなければ、魔族による聖女研究の成果が見せられない。
そればかりか、人間たちからの完全な服従を勝ち得ないーー。
そう、魔女マダリアは信じていた。
言葉に窮して、マダリアはワタシを挑発し始めた。
「ふん、聖女め、臆したか!」
「はあ?」
「たしかに、あの〈卵〉は、力が及ぶ範囲が限られておるのが欠点よ。
それは潔く認めようーー」
もともと、あの卵型の生物兵器は、隣国のカラキシ共和国に設置されていた。
しかし、パールン王国侵攻に当たって、王国内に移設するしかなかった。
結果、新たな設置場所としたのが、王都の孤児院であった。
「ーーそれでも、欠点はそれだけじゃ。
たとえ〈聖女〉であっても、貴様にはあの卵を壊せぬ。
そうじゃ。貴様は、壊せないから逃げるのであろう!?」
マダリアにとっては、精一杯の煽りであった。
だがしかし、ワタシはまるで応えなかった。
「ふうん。そー思いたければ、そー思えば?
たしかに、王宮に連れてこられる前、あの〈卵〉相手に色々したんだけど、壊せなかった。
バカな騎士どもに邪魔されたしね。
まぁ、時間かければ、どーにかできるかもだけど、もーどーなろうと知らんし。
勝手に滅びれば良いのよ、こんな国。
良かったね、白い悪魔さん。
〈聖女様〉と崇められたうえに、正体明かした後にも支配者になれるんだから!」




