◆89 ワタシを次期王妃ーーいや、女王にしなさい!
パールン王国の王城王宮、謁見の間ーー。
ピリピリとした、緊迫した空気が張り詰める。
王も教皇も貴族も騎士も集まっているが、誰も動かない。
騎士ハリエットも、すでにワタシ、白鳥雛の前から退いている。
中央で、常人を超えた女性二人が、互いに向かい合っていたからだ。
一方は、黒い〈魔の霧〉を全身から醸し出す、白く輝く〈悪魔〉。
そしてもう一方は、青白い光をまとい、緑色に輝く〈聖女〉ーー。
まさに悪魔と聖女が、正面から対峙する現場となっていたのである。
緊張を破り、最初に動き出したのは〈白い悪魔〉であった。
足下で気絶しているドビエス王子を、片手でヒョイと拾い上げる。
そして、王子を抱え上げると、頬に舌を伸ばして、妖しげに舐め回す。
「ったく、妾の言いなりになるは、愛い男じゃ。
じゃが、いかんせん、優柔不断で、思慮が足りぬ痴れ者であったのが残念よ」
彼女の発言を受け、騎士ハリエットがよろめきながらも剣を抜いた。
ハリエットは、ワタシの治癒魔法で、なんとか体力を回復していた。
「皆の者、出会え!
王子が魔族の女に誑かされ、拐かされた!」
彼の号令を合図に、〈謁見の間〉に大勢の騎士が乱入する。
扉の外で、何十人もの反王子派の手練れが待機していたのだ。
王子派の騎士たちも、彼らの突入を咎めなかった。
彼らの頭目たるドビエス王子が、気絶している。
しかも、あろうことか、今現在、王子は白い魔族の女によって、お姫様抱っこをされていた。
ダマラス王が、玉座から立ち上がる。
ここは、王との〈謁見の間〉だ。
立場上、黙ってはいられなかった。
「我らが聖女として迎え入れた、カレン・ホワイトは偽聖女であった。
アヤツは真っ白な悪魔じゃ!」
今更ながら発言であったが、これで王国としての意志は決した。
騎士ばかりでなく、貴族連中も剣の柄に手を置く。
謁見の間は、今まさに戦場と化そうとしていた。
が、人々が危機に陥っているのも無視して、ワタシは盛大に嘆息する。
「ああ、もう、逆じゃね!?
王子が姫にだっこされて、どーすんの?
マジで、情けねーわ!」
正直、脱力して、〈白い魔女〉を攻撃する気力も起きない。
が、王をはじめ、群臣たちはみな、色めき立っていた。
慌てて魔法を発動させる。
緑人貴族の高位者は魔法を使えたのだ。
だが、人類最高峰の攻撃魔法をいくら喰らっても、白い悪魔は応えない。
まるで効かない。
「ほほほほ……その程度の魔力で、妾に敵うと思うてか!
感謝するがよいぞ。
貴様らの王子を、人間の代表として飼ってやる。
この街の民と同じくのう!」
〈白い悪魔〉の宣言を耳にして、ようやく王様が玉座から滑り降りてひざまずき、ワタシに向かって懇願した。
「聖女様、どうか貴女様のお力をお貸し下され。
あんな王子でも、余の息子です。お助けくだされ」
が、ワタシは王様に一切視線を向けることなく、〈白い悪魔〉と、彼女が腕に抱える王子とを見据えながら応えた。
「ワタシは、別にあんな王子、嫌いだし。
どーなろうと関係ねーわ。
でも、王様がワタシの条件飲むんだったら、助けてあげてもいいかも」
ダマラス王は、喜色満面の顔をあげる。
「おお! その条件とは、何でありましょうか?
必ず、果たしましょうぞ!」
ワタシは、足下でひれ伏す王様に目を向ける。
どうしても、冷ややかな口調になるのは止めようがなかった。
「ワタシを次期王妃ーーいや、女王にしなさい!」
「え?」
ダマラス王は顔を上げ、目を丸くする。
他の人々も絶句し、〈緑色に輝く聖女様〉と王様との会話に耳を澄ます。
「ああ、マジで、勘違いしないでね?
あんなみっともなく魔族の女の子にお姫様抱っこされるよーな王子なんか、ワタシ、願い下げだから。
ただ、権力が欲しいの。絶大な力が!」
「な……なぜ?」
「ガチで、アンタたちの白人差別にイライラしてたかんね、ワタシ。
ワタシが国のトップに立ったら、人種の平等を実現してやる!
そーね、良いこと、思いついた。
肌の色に関わらず、マオのようなイケメンを優遇するってのはどーよ?
だからね、こんなクソ王子なんかと結婚するつもりはないから、安心して。
アンタらの王家を終わりにして、ワタシ、〈聖女ヒナ様〉を掲げた国に鞍替えしてやる。
それがかなったら、魔族だろうと共和国だろうと、ワタシが蹴散らしてやるわ。
ワタシとワタシの逆ハーを守るためだったら、なんでもする。
でも、アンタらクソ親子の面倒なんか、死んでもみてやんねー!」
ハーッハハハハ!
甲高い声で、ワタシは笑った。
マオを失った哀しみで、自暴自棄になっていたかも。
でも、これが正直な思いだった。
ワタシの意向を耳にしたからか、王も教皇も貴族も、いっせいに青褪めていた。
本気で〈緑の聖女様〉が、お怒りになっているのを、悟ったようだった。
聖女様のお怒りを、なんとかして鎮めなければーー!
そう思って、真っ先に動き出したのは、騎士たちであった。
ハリエットら、騎士たちの剣先が、向きを変えた。
「ドビエス王子がーーいや、王子の専権を許したダマラス王が悪いのだ。
予言省の反対を無視して、聖女召喚儀式を強行した王家に責任がある!」
「そうだ、そうだ。
あまつさえ、〈魔族の女〉を〈聖女〉と崇め、深い関係に陥るとは!」
「さらに、〈真の聖女様〉を市井に追い払うなど、言語道断!」
反王子派の糾弾に、居並ぶ貴族たちもいっせいに同調した。
「これぞ、まさに利敵行為!
魔族への幇助に他ならない」
「そうだ。人類への敵対行為だ。
いかな王家とて、責を免れることは、かないませんぞ!」
怒りの矛先がドビエス王子、次いで王子に甘々だったダマラス王に向いた。
騎士や門閥貴族たちに、これほどあからさまに非難されたのは初めてだった。
ダマラス王の顔から血の気が退く。
反対に頭に血を昇らせたのは、〈白い聖女様〉ーー今は頭から角を生やした、カレン・ホワイトこと、魔女マダリアであった。




