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◆86 ワタシはね、好きな男のためにしか泣かないわよ!

「カレン・ホワイト」と称された金髪蒼眼の白人美少女は、ワタシ、白鳥雛しらとりひなを追い出し、パールン王国王宮内において、見事、〈聖女様〉になりおおせていた。

 しかも、幼女のごとき容姿に似合わず、あらゆる手練手管(てれんてくだ)(ろう)して、王子とその派閥を籠絡(ろうらく)して政治的実権を握った。

 そして、隣国との開戦を果たし、〈魔の霧〉をすら軍事利用しようと(はか)っていた。

 挙げ句の果て、王様から「聖女認定」が撤回された今に至っても、いずれは王妃にもなろうかという立場を保持し続けていた策士であった。


 ところが、その才女が、感情に身を任せ、明らかに暴走し始めていた。

 彼女と懇意(こんい)にしていた王子ですら、彼女の暴言を抑えることができずにいた。


 カレンは美しい顔を歪ませ、嗜虐性(しぎゃくせい)に富んだ笑みを浮かべた。


「ヒナとか言ったわね。

 今から、アンタに面白いモノを見せてあげるわ」


 金髪の少女が顎をしゃくると、王子派の騎士団長が、数人の孤児を連れ立って、謁見の間に舞い戻ってきた。


「はぁ!?

 なんで、この子たちがここに……?」


 扉の前に並ぶ子供たちの姿を見て、ワタシは目を丸くする。

 マオのおかげで助かった(ピッケとロコを除く)子供たちが、そこには勢揃いしていた。

 ワタシが驚くさまを満足そうに眺め、〈白い聖女〉が口に手を当てる。


「あら、誰であっても、孤児院から孤児を連れ出すことはできてよ。

 孤児や白人に市民権はございませんものね。

 それに、孤児院を経営している教会は、王家との(つな)がりが深いのよ」


 彼女のせせら笑う声を耳にして、ワタシは疑念を深くした。

 ひょっとして、この女の子、想像以上に、ヤバくね!? と。


「やっぱ、アンタ、そうとう深く、裏で動いてたんじゃねえの?

 ライリー神父がじつは白人で……魔族崇拝者であること、知ってたんじゃね!?

 いや、それ以前に、孤児院の地下に変な〈卵〉があって、龍の化け物がそこで(はぐく)まれてたってことも、マジで知っていた……!?」


 美しい白人少女はニヤリとするだけだ。

 が、この文脈では、肯定したも同然だった。

 ワタシは生唾を飲み込みつつ、目の前にいる〈白い聖女様〉を見据(みす)える。


「ライリー神父が叫んでいた『マダリア様』ってーーまさか、アンタのこと!?」


 一瞬、〈白い聖女様〉の両眼が、キラリと光り、赤みを帯びた。


 ワタシは驚いた。

 心臓を素手で掴まれたように、背筋が凍った。

〈双頭の龍〉の眼光を思い出したからだ。


〈白い聖女様〉と称された金髪美少女が顎をしゃくる。

 すると、ワタシの目の前で、思いもしなかった事態が展開した。

 ドビエス王子がカツカツと歩き始めたかと思うと、いきなり子供たちを殴り倒し始めたのである。


「きゃああ!」


「いたぁいーー!」


 子供たちが口々に悲鳴をあげ、号泣する。


 でも、〈謁見の間〉に居並ぶ大人どもは、誰ひとり動こうとはしなかった。


 もちろん、子供たちに手を挙げているのが、王子様だったということもあるだろう。

 でも、もとより、孤児が、大人から意味もなく「折檻」という名の虐待を受けるのは、良く見かける光景だったからでもあったに違いない。


 実際、子供たちも泣き叫びつつも、誰ひとり逃げ出す気配(けはい)はなかった。

 大人から理不尽な扱いを受けることに、孤児たちは慣れきっていた。

 声高に抗議したのは、ワタシだけであった。


「い、いきなり、なにすんの!?

 やめなよ、そんなこと!」


 ドビエス王子は薄笑いを浮かべたまま、素気無(そっけな)く答える。


(しつけ)だよ。躾。見たらわかるだろ?」


 王子が子供を殴打するサマを眺めつつ、今度は、〈白い聖女様〉と称された少女が大口を開け、ホホホと高笑いした。


「ヒナとやら。おかしいのはアナタよ。

 白人の人間がひとり死んだくらいで、何を(なげ)いているのかしら?

 ここは王宮の〈謁見の間〉ーー王様と王子様の御前ですよ。

 あなたの個人的な、くだらない悩みなど出してはいけない場所です」


「『白人の人間』ーー??

 なに、その言い方!

 アンタも白人でしょ?

 違うの?

 アンタ、マジで聖女なの?」


 ワタシの問いかけに、横合いから、王子が口を出す。


「当然、彼女こそ、ホンモノの聖女様だ!

 父が何を言おうと、カレンの神々しさがなによりの証拠だ」


 そう口走りながら、王子は相変わらず子供たちを殴り続ける。

 笑いながら。


 ワタシは周囲の人々の顔色を見る。

 誰もが、なんとも思っていないような、弛緩した表情していた。

 身体がブルっと震えた。

 ちなみに、すぐ背後に(ひか)えているはずのハリエットの顔を(のぞ)き込むことはできなかった。

 もし、うっすらとでも微笑んでいたらどうしよう、と思うと、怖くて覗けなかった。


 改めて、ワタシは側面に立つ貴族たちに問いかけた。


「マジで、ヤバイと思わねぇの!?

 ヒドイくね!?

 殴られてるの、黒い肌の子供もいますよ!」


 案の定、緑色の肌をした貴族どもは、気のない返事をした。


「緑色の子供じゃないしなぁ」


「あなたも肌が黄色なら、白と黒がどうなろうと、気にしなくて良いのでは……?」


 ワタシは絶句して後退(あとずさ)る。

 そして、ようやく悟った。


(マジで、おかしいんだ、コイツら。

 ヤベェほど、ガチで感覚が違ってんだ。

 ここは本当に、異世界なんだ……)


 ワタシは急いで子供たちの許に駆け寄り、治癒魔法(ヒール)をかける。


 すると王子は、そんなワタシを見下ろし、ニヤニヤと笑みを浮かべた。


「邪魔ですよ。躾ができないじゃないですか」


 さすがに、堪忍袋の緒が切れた。


「なんなのよ、もう。

 マジでキショいオトコね、アンタ!

 おまえなんか、アッチへ行っちゃえ!」


 ワタシは、「躾」と称して、子供を虐待をする王子をひと睨みして、魔力を叩きつけた。

 すると、一瞬で、ドビエス王子は壁まで吹き飛んだ。


「がっ!?」


 吐血して、王子は壁にもたれてグッタリする。


 貴族どもの非難めいた視線が、ワタシの全身に突き刺さる。

 このクソ王子が子供たちを殴りまくったのには無反応で、クソ王子がちょっと飛んでっただけで、この塩対応かよ?


 異世界の王宮で、ワタシは心底、孤独を感じていた。

 こんなに、(きら)びやか場所で、人も沢山いるのに。

 まるで砂漠にあって、自分ひとりだけで(たたず)んでいるように思われた。


(誰も、この孤児たちをーーワタシのことを、見ていないし、理解もしていない……)


 涙が、また頬を伝わった。

 本気で悲しく思った。

 なのに、そんなワタシの泣き顔を見て、金髪美少女は嘲笑うだけだった。


「あらあら。

 泣けばいいと思ってるの?

 たしかに殿方(とのがた)ってのは、〈女の涙〉に弱いからねえ。

 その嘘泣きで、聖女ぶろうとしているのかしらぁ?」


 ワタシは涙ながらに激怒した。


「マジで、なに言ってるの、アンタ!

 ワタシはね、好きな男のためにしか泣かないわよ!

 今、ワタシの心にあるのは、死んでしまったマオに対する哀悼(あいとう)だけ。

 あとのことなんか、どーでもいい。

 アンタの馬鹿げたいいががりなんて、屁とも思わないわ!」


〈白い聖女様〉は、不思議そうな表情で、改めてワタシの顔を見た。


「だ・か・ら、白人の孤児ひとり死んだくらいで、動揺し過ぎでしょ?

 これだから、人間の女って愚かなのよね。ああ、面白い」


 金髪の少女は笑い声をあげた。

 その場に、不釣り合いな、異様なほど甲高い笑い声だった。


 ここで、ようやくワタシは、白い女の子を指さして叫んだ。


「さすがに、わかったわ。

 アンタ、じつは人間じゃなくね!?

 その反応、おかしいよ!

 アンタこそ、聖女どころか、魔女なんじゃねぇの、マジで!」

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