◆83 父上、やはり、こやつは聖女とは思えません。
豪華な王宮に招かれたからといって、ワタシ、白鳥雛の悲しみはなくならない。
ワタシは間違いなく、〈魔の霧〉を吐く〈双頭の龍〉を聖魔法で消し去り、王都の混乱を鎮めた〈真の聖女様〉であった。
にも関わらず、政争に巻き込まれる形で、いまだに偽聖女扱いだ。
文句ありげに睨み付けてくる騎士たちに取り囲まれながら、王宮の廊下を歩く。
それでもワタシの悲しみの原因は、そういった政治的な扱いに起因するものではまったくなかった。
このとき、ワタシは、ドレスもレースのヴェールも、黒一色を身に纏っていた。
マオが死んでからというもの、たびたび、ふとした拍子に、両目に涙が溢れて視界がボヤけてしまう。
(ああ、ヤベェ。涙が止まんない。
これが喪に服すということなのね……)
初めて王宮に召喚された日のことを思い出しつつ、ワタシは廊下をゆっくりと歩いた。
大扉が開き、〈謁見の間〉につく。
大きな広間には、緑色の肌をした貴族連中が、整然と並んでいた。
正面の玉座には王様が座り、その両脇には二人の男女が並び立ち、ワタシを待ち受けていた。
王子様と、〈真の聖女様〉とされる、白い金髪の美少女カレン・ホワイトである。
ドビエス王子が半信半疑の色を湛えた目で、ワタシを見た。
「まずはじめにーーおまえが、ドラゴンを倒したと噂になっているが、本当なのか?」
ワタシは、無言のままにうなずく。
すると、王子の隣りに立つ金髪の女の子が、甲高い声で口を挟んだ。
「王子様がお尋ねになったのだから、口頭で答えなさい。
無言のままだなんて、無礼ではありませんか」
プンプンと頬を膨らませてワタシを窘める〈白い聖女様〉に、王子は苦笑する。
「いいのだ、カレン。
あの女は、君とは違う。
君のような貴婦人ではないのだから」
金髪の女の子は顔を赤らめ、うつむいた。
王子も、もう二十歳は超えた年齢ながら、少年のようなキラキラした瞳をしていた。
そして、隣にいる、お人形さんのような女の子を見詰めてささやく。
「ああ、カレン。
なんて可愛い娘だ。
ずっと僕のそばにいてほしい」
そこへ王様が、息子たちのやりとりを見かねて言葉を発した。
視線を真っ直ぐワタシに向けていた。
「ヒナとやら。其方は戦場にも出向き、多くの将兵を治癒したと聞いている。
おまけに教会から龍が飛び立つのを事前に察知し、龍を消し去ったとも聞く。
まさに聖女様ならではの奇蹟。
其方を歓待せなんだ我ら王宮の振る舞い、許してほしい」
ダマラス国王が玉座を立って、頭を下げる。
突然の王の振る舞いに、〈謁見の間〉にいる誰もが驚愕した。
王が頭を下げるべき相手は、王国内においては、王族関係者か、王宮に招いた客人ーーそれも教皇や聖人、聖女といった類しかいない。
この立席によるお辞儀一つで、王様がワタシを〈真の聖女様〉と認めている証であった。
「父上!?」
王子は赤みを帯びた、怒気を孕んだ顔をする。
そんな王子に対し、ダマラス王は着座しつつ言い放った。
「いいかげん、認めろ。ドビエス。
ここにおられるヒナ様こそが〈真の聖女様〉だ。
そうでなくして、どうして龍が退治できよう。
〈魔の霧〉を祓う者こそが、聖女様なのだ」
再び、王様は視線をワタシに向ける。
「余が直々に、其方を聖女と認めよう。
されば、日頃の無礼を、許してほしい」
王は顎をしゃくって目配せする。
すると、ヒナを取り囲んでいた騎士連中が引き退がり、代わってハリエットら、ワタシと懇意にしていた騎士団がワタシの傍らに参集する。
「日頃の無礼?」
と、小首をかしげるワタシに、騎士ハリエットが耳打ちする。
「町民に混じって、商売をさせたことです」
説明を受けて、ワタシはますます不思議に思う。
(別に、無礼だなんて思ってねーし。
そもそも、王子やあの白い女の子はともかく、国王のオジサンは何も悪くねーし……)
だから素直に、
「許します」
と応える。
「感謝する」
ダマラス王のみならず、居並ぶ家臣団もホッと溜息をつく。
王が言葉を継ぐ。
「では、さっそく〈聖女の勤め〉を果たしてくれると、ありがたい」
「〈聖女の勤め〉? なにそれ」
「魔族と戦い、滅ぼしてくれることじゃ。
その間、我ら王国は総力を挙げて、隣国軍を追い払うーー」
「ええっ!? まって。
それって、ヤバくね!?
ワタシ、聖女なんですよ。戦士じゃない!」
「何を言う。
其方はすでに龍を消し去る奇蹟を起こしたではないか」
そのとき、キョトンとする王様の隣に、王子とあの金髪の美少女が並び立っているさまが、目についた。
ワタシは二人に目を遣りながら、改めて問う。
「そちらの可愛らしい女の子は?
彼女こそが聖女様じゃなかったの?」
ワタシの問いかけに、王は悪びれる風もなく答える。
「うむ。違った。
じゃが、息子が見初めた。結婚させようと思う」
王子と女の子の二人は、互いに手を取り合って、見詰め合う。
おいおい、マジで良いのかよ!?
年齢的にヤバくねぇのか!?
二十歳過ぎの男性が、未成年ーーそれも十二、三歳の少女を娶るようなもんだぞ?
呆気に取られてるワタシに対して、二人して首を回し、睨みつけてくる。
そして、王子は半歩前に出て、ワタシを指差し、いきなり爆弾発言をかましやがった。
「父上、やはり、こやつは聖女とは思えません。
黄色い肌の聖女なぞ、聞いたことがない。
そればかりか、今までの行状を見るに、むしろ魔族の使いに違いありません!」




