◆81 貴様らが王都を〈魔の霧〉で混乱に陥れた元凶に相違ない。
ライリー神父は自らを生贄にすることで、〈魔の霧〉を発生する生物兵器を、再び活性化しようとした。
ピッケとロコーー二人の幼い生命を道連れにーー!
「いやあああああ!」
ワタシ、〈黄色い聖女ヒナ〉は泣き叫んだ。
急いで、巨大卵に駆け寄せる。
勢い余って、ワタシまでもが、今にも巨大卵に吸い込まれそうになった。
それを、ハリエットが後ろから羽交締めにして押し留める。
「おやめください、ヒナ様!
危険です!」
ライリー神父と一緒に、二人の子供も卵に吸い込まれてしまった。
目の前での出来事だったのに、とめられなかった。
ワタシは地団駄を踏んだ。
自分で自分を許せなかった。
「ピッケ、ロコ!
せっかく、マオが助けたのに。
ちくしょう!」
〈卵〉の奥で、黒い影が蠢き始める。
根の方が太い樹木のような、黒い線ーーその先端が二、つに割れる。
見たときがある影……双頭の龍ーー。
この〈卵〉から龍が生み出され、その龍が〈魔の霧〉を生み出す……。
「ダメだ。神父と子供二人ーー三つの魂が喰われちまった!」
「また、あの化け物が生まれるのか!?」
胎動を始める巨大卵を前に、騎士たちは剣を片手に絶望する。
だが、ワタシ、〈黄色い聖女ヒナ〉は諦めてはいなかった。
〈双頭の龍〉や〈魔の霧〉の出現を食い止められる、と信じている。
そればかりか、いまだピッケとロコまでも助け出せると信じていた。
「聖女様だけが〈魔の霧〉を祓えるんでしょ!?
だったら、この〈卵〉もなんとか出来るはず!」
ワタシは両手を聖魔法で輝かせ、その状態のままで、〈卵〉に触れる。
接触部分で、バチバチと光が爆ぜた。
聖魔法で〈浄化〉を試み、〈卵〉の動きを止めようとする。
ハリエットも、もはや押し留めない。
胎動が始まったからには、もう〈卵〉は養分を必要としていない、と思われたからだ。
聖なる魔法陣が〈卵〉の表面に描き出され、青白く光る。
だが、次第に光が弱まって、魔法陣が消えてしまった。
聖魔法が効かない!?
(だったらーー!)
ワタシは真剣だった。
自らに課した禁を犯し、〈卵〉に〈魅了〉をかけた。
「魅了!」
ライリー神父は、この〈卵〉のことを「生物兵器」と称していた。
ワタシの〈魅了〉は、ナノマシン相手にすら効き目があったのだ。
ひょっとしたら、この〈卵〉も言いなりにできるかも。
ーーそう思ったが、なんの反応もない。
聖女ヒナならではの、〈聖魔法〉も〈魅了〉も効かなかった。
(どうする……!?)
ワタシは親指を噛んで、悔しがる。
そこへいきなり、ドドドド……と、人が押し寄せる音が響いてきた。
大勢の騎士が、ワタシの後へと殺到してきた。
黒と緑の鎧をまとう、見慣れぬ騎士団に、そのまま包囲される。
「お前たちは……!?」
ハリエットは振り向いて、目を見開く。
彼の後ろで、一人の痩せぎすの騎士がその包囲網に加わっていく。
ハリエットの部下に、内通者がいたらしい。
司令官らしきデブ騎士が進み出て、ハリエットとワタシを睨みつける。
「ふん、本来なら獄舎に繋がれているはずのハリエット。
そして、王宮から追われた、黄色いニセ聖女か……。
貴様らが〈魔の霧〉の発生源に深く関わっておるとの通報があった。
やはり、貴様らが王都を〈魔の霧〉で混乱に陥れた元凶に相違ない。
〈白い聖女〉カレン様が仰せになった通りだ」
ハリエットが剣を構えて、抗弁する。
「違う。こちらにおられる〈黄色い聖女ヒナ様〉こそ、龍を追い払い、〈魔の霧〉を祓われた聖女様であるぞ!
いい加減、目を覚ませ。
〈白い聖女〉こそ偽者であることは、貴殿らも薄々感じ取っておろう」
「うるさい。もはや後戻りはできぬ段階に来ておるのだ。
気づいたか、敵の砲撃がなくなったことを。
偽聖女を処刑することを条件に、隣国との和睦を取り付けたのだ」
「お、おのれ。今まで散々、隣国との開戦を訴えて国境線にまで出向いておきながら、よくもヌケヌケと……。
あまつさえ、偽聖女に誑かされ、本物の聖女様を陥れようとするとはーー恥を知れ!」
「引っ立てい!
弁明があるなら〈謁見の間〉で聞く、と王子ドビエス様が仰せだ!」
ハリエット麾下の騎士団のみならず、ヒナも羽交締めにされ、連行されていく。
「申し訳ありません、ヒナ様。
どうやら、嵌められたようです」
ハリエットは悔しそうに唇を咬む。
が、ヒナの方はいつになく冷静な表情だった。
「ちょうど良かったわ。
そろそろ、あのバカ王子と白いのを相手に、決着をつけたかったから」
ワタシの頭にあるのは、いまだに、どうにかして、あの不気味な〈卵〉を割って、ピッケとロコを救い出したい、という思いだけであった。




