◆80 みな平等に、肌の色に関係なく殺し合ってる。ここには混乱や殺意はあっても、悪意はない!
ライリー神父は、世間の非難にもめげず、戦災孤児などを集めて、これまで孤児院を経営してきた。
孤児からも厚く信頼されていた。
ところが、そんなライリー神父が、一転して孤児たちを虐待し、暴力を振るって地下洞窟にまで、孤児たちを引き摺り込んだ。
そして、ピッケやロコを抱えて、卵型をした奇岩に向けて、生贄として捧げようとしていた。
そこへ、ワタシ、〈聖女ヒナ様〉が、地下洞窟にまで駆け込んできたのであった。
ワタシは脳内でライブ映像を観ながら、一生懸命に走ってきた。
ワタシの後ろには、ハリエットら、鎧姿の騎士団も追随して雪崩れ込んできている。
おかげで、ライリー神父の方が、逆に逃げ場のない地下洞窟に追い込まれた格好になった。
巨大な卵の前で、ライリーは振り向き、感嘆の声をあげた。
「ほう。地下道への扉は閉じたし、幾つもの結界を張っておいたのに。
よく、この地下祭壇まで辿り着けたものだ。
さすがは〈黄色い聖女様〉というわけか」
ワタシも驚愕の声をあげる。
ライリーの背後にある、気味が悪い物体に、目が吸い寄せられた。
「なに、そのおおきいの。
ーー卵!?
〈魔の霧〉って、黒い卵のことだったワケ!?」
祓えるのは聖女だけ、とされる〈魔の霧〉ーー。
その霧を発生させていたのは、呪いを集積した黒い岩状の卵であった。
ライリー神父は薄笑いを浮かべた。
「あと五、六人もの子供の生命を捧げてから〈双頭の龍〉を覚醒させれば、完璧だったものを!」
神父はピッケとロコを足元に置いて、両手の指を複雑に絡ませ、幾つもの印を結ぶ。
「そう。私こそが〈魔の霧〉を生み出さんとした張本人だ。
意外かね、異世界から来た聖女様?」
ライリー神父は両手を広げ、滔々(とうとう)と語り始めた。
彼は言うーー。
教会司祭として、〈魔の霧〉を生み出すために、孤児の魂を〈卵〉に提供し続けてきた、と。
そのために、六年ほど前から孤児院を経営し、子供を集めた、と。
孤児を卒院させるタイミングで、彼は子供たちを〈卵〉の生贄にし続けた。
あくまで水面下で行われる、秘密の儀式であった。
この地下祭壇は、孤児院で生活する者すべてに秘密にされた。
バレたら、孤児だろうと、修道女だろうと、即、生贄にした。
おかげで何人かは行方不明扱いになってしまって、『子供たちが次々と消えていってしまう』という都市伝説を産んでしまったーー。
「でも仕方がない。
生贄となるのは、尊い犠牲だ」
得意げに胸を張るライリー神父に、思わず、ワタシは問いかける。
「どうして〈魔の霧〉なんかをーー」
「決まってる。
この腐り切った王国を滅ぼすためだ。
教えてやろう。
この卵は魔族が造ったものだ。
殺された人間の怨みを蓄え、霧として発散する。
〈魔の霧〉という神経毒を生み出す魔術兵器ーーそう、魔族が人間社会を攻撃するときに使う生物兵器だ!」
「ま、魔族だと!?」
ハリエットが叫ぶ。
パールン王国に限らず、すべての人間国家から魔族は危険視されていた。
接触、交渉すること自体が、国法により固く禁じられている。
騎士たちが、ワタシを背中に庇うようにして、いっせいに前に進み出る。
「ライリー……貴様、人間をーー人類を裏切ったのか!?」
「そうだぞ、ライリー。無益なことだ。
魔族におもねったところで、逆に魂を喰われるだけだぞ」
「貴様、司祭のくせに、人魔大戦の被害を知らないのか!?」
ジンマたいせん?
なんのことか、よくわからない。
でも、やっぱり、この黒人イケオジ神父が、国や人類を深く恨んでいることだけは、伝わった。
それでも、さっぱり理由がわからなかった。
ワタシは大声で問いを続けた。
「神父さん、貴方も人間なんでしょう!? だったらーー」
そこで問うべき言葉を探していたら、神父の方から言葉を被せてきた。
答えとなる言葉を。
「ええ。私も人間ですよ。ただし、白い肌をした、ね」
彼の返答を受け、私以上に、ハリエットら、騎士たちの方が驚いた顔をしていた。
それほど、みながライリー神父は黒人だと思っていた。
が、頬に塗られた黒い塗料が剥げていて、今は白い肌が顕れていた。
神父は両手を広げて宣言した。
「こんな腐った王国など、魔族に占領されれば良い。
されば、白人差別もなくなろうぞ!」
「馬鹿な!
魔族にとっては、人間に黒も白も緑もない。
推し並べて、餌としか思っていない。
現に、〈魔の霧〉は、誰彼なく、疑心暗鬼を醸成する。
人類のすべてに混乱がーー」
ハリエットが畳み掛けようとするのを、ライリーはさえぎった。
「ははは、おかしなことを言う。
混乱? ーーいいじゃないか。
死体を見ただろう?
争う連中も。
黒も白もない。緑もない。
みな平等に、肌の色に関係なく殺し合ってる。
ここには混乱や殺意はあっても、悪意はない!」
演劇で悲劇の主人公でも演じているかのように、ライリー神父は恍惚とした表情を浮かべる。
「魔族が人類を捕食せんとするは、自然の習い。
われわれ人間が、動植物を食すのと同様のもの。
そこには差別もなければ、悪意もない。
翻って、考えてみよ。
緑人や黒人がする酷い差別ーー白人に対する態度を知ってるだろう?
あれこそ、差別ーー露骨な悪意だ。
あれに比べたら、どのような混乱があろうと、ずっとマシだ。
疑い深くなる?
結構じゃないか。
同じ緑人同士、黒人同士、殺し合えばいい」
ハリエットは喉を震わせる。
「よくも今まで、そのような危険思想を、隠しおおせてこれたものだ。
だが、もう終わりだ。
魔族を崇める偽神父め。
この期に及んで、何をするつもりだ!?」
ハリエットの怒声が響く。
騎士たちがいっせいに聖剣を抜いて構える。
ワタシを置いてけぼりにして、話が進む。
ライリー神父は、騎士団に剣を抜かれながらも、動じる様子がない。
すっかり覚悟を決めた顔をしていた。
「高潔な騎士諸君。そして、異世界より来た聖女様!
残念だったな。あと一歩、間に合わなかった。
貴様らには、〈魔の霧〉の復活は止められん。
あと魂を三つ入れたら、〈卵〉は休眠状態に入る。
この〈卵〉の外装は、貴様の聖魔法でも破れまいて。はっはは!」
ライリーは神に祈るがごとく両手を組み、洞窟の天井を見上げた。
「申し訳ありません。マダリア様!
先程は、成長途上で龍を放ったおかげで、易々(やすやす)と退治されました。
ですが、まだ〈卵〉ーー〈マダリア様の子宮〉は健在です。
この身を捧げますゆえ、どうか緑と黒の者どもに正義の鉄槌を喰らわせてくだされ。
魔族に栄光あれ!」
ライリーはピッケとロコを抱えたまま、巨大卵に向かって飛び込んだ。
すると、彼らはヒナたちの目の前で、謎の卵に吸収されてしまった。




