◆79 孤児院の地下洞窟
(マジで、急がなきゃ。
マオが救けた子たちを、今度はワタシがーー)
ワタシ、〈聖女ヒナ様〉は駆け走りつつも、胸が締め付けられる思いだった。
孤児院跡に向けて走る今も、映像がナノマシンから送られてくる。
映像からは、緊迫した雰囲気が感じられた。
ピッケとロコをはじめとした子供たちが、映像で映し出された。
子供たちは、ライリー神父の手によって孤児院の祭壇に集められていた。
寝室からさらに奥にある、普段は使われていない設備だった。
双頭の龍との決戦を前に、「子供たちを安全なところへ連れ出す」と申し出てくれたのが、ライリー神父様だった。
結局、どこへ避難したかと思えば、〈双頭の龍〉が出現した場所の間近だった。
ワタシが龍の化け物と向かい合って戦っていたとき、龍の後ろ側へ大きく回り込んでいただけだった。
(激ヤバじゃねぇの、コレ!?
どこが『安全なところ』よ!)
ワタシは映像を脳内で見ながら、舌打ちした。
それにしても、映像に映るライリー神父の様子がおかしい。
厳格な聖職者らしく、神様へのお祈りを孤児に強要するのかと思いきや、違った。
ピッケの手を取ると、強引に引っ張り上げた。
「いたい、いたい!」
ピッケはもう片方の手でしっかりとロコの手を握っているから、ロコも一緒に引きずり上げられる。
他の子供たちも、わああん、わああん、と泣き出した。
今まで見たときがない、怖い顔をした神父様が、怒声を張り上げた。
「静かにしろ!
ただでさえ、準備に時間がかかって遅くなってるんだ。
急げ!
いつも大人の命令には、黙って従えと教えてきただろうが!」
祭壇をズラす。
普段は祭壇の下にあった床には、穴が空いていた。
穴の中には、闇へと向かう階段が下へと延びていた。
階段は地下道へとつながっていた。
普段だったら、子供たちも探検気分になれたかもしれない。
でも、神父様の様子がいつもと違いすぎた。
「さあ、ついて来い!」
強引に引っ張られ、子供たちは怯える。
おっかなびっくり階段を降り続け、着いた先は、大きく広い洞窟だった。
孤児院は、大きな洞窟の上に建てられていたのだ。
孤児院には、子供たちが避難した地下倉庫とは別の地下空間が広がっていた。
洞窟の中心には、巨大な卵型の岩が据えられていた。
赤く輝くその岩には、幾重にも青白い鎖が巻き付けられていた。
「なに、ここ?」
「怖いよー」
子供たちは互いに身を寄せ合って、口々に泣き声をあげる。
無情にも、大人は暴力で、子供の口を閉じさせようとした。
「うるさい!」
神父は、ロコをバシッと叩く。
「うわーん!」
ロコの泣き声が、地下道に響き渡る。
「ロコを泣かすなっ!」
ピッケが怒って、ライリー神父に飛びかかる。
が、幼い子供の力では、屈強な大人の男に敵わない。
逆に、首を絞められてしまう。
「うう……」
「クソガキが。大人を舐めるな!」
ライリー神父は両腕に力を込めて、嘲笑う。
ピッケは涎を垂らして、グッタリとしてしまった。
兄の急変に、妹は動揺し、さらに泣きじゃくった。
「うわーん、ピッケ、ピッケ!
ヒナ様、助けてーー!」
「うるさいと言っている!」
ライリーは慣れた手つきで、少女の首の後ろを打ち据える。
一瞬で、ロコもグッタリする。
後ろで怯えながら見ていた孤児たち向かって、神父は恫喝した。
「いいか。
おまえらもおとなしくしないと、コイツらみたいな目に遭わすぞ。
黙って、私の言うことを聞け。
これは試練なんだ。
神様に献身し、王国を浄化するための奉仕なんだ!」
ライリーは苛立っていた。
(ああ、面倒くさい……!)
隣国の特攻軍が、投石機で孤児院を攻撃してきた。
そのせいで、ゆとりをもって子供たちを地下祭壇に誘導し損ねた。
せっかく〈黄金の双頭龍〉が覚醒する前に、子供たちをたっぷり〈奉納〉するつもりだったのに。
おかげで力不足のままに、龍が目覚めてしまった。
だが、マオのヤツが、倉庫塔から子供を連れ出してくれて助かった。
これで〈養分〉を再投下できる。
今からでも、遅くないーー。
「来い!」
子供たちを、強引に前へとけしかける。
そして、片手を広げて呪文を唱える。
すると、洞窟の天井に、幾つもの明かりが灯された。
光の魔石に、魔力を込めたのだ。
ようやく子供たちにも、周りが見渡せるようになった。
孤児院奥の祭壇から延びる地下道ーー。
その先には、さらに広くて暗い空間が広がっていた。
そこには、注連縄のように、幾重にも鎖が巻かれた卵状の物体があった。
全体から、怪しい気配が漂っている。
子供たちが泣き叫ぶ。
ライリー神父はピッケとロコを両脇に抱え、歓喜の声を上げた。
「さあ、おまえたち。
今こそ生贄となって、再び〈魔の霧〉を呼び起こすのだ!」
野太い、男性の声が洞窟に響く。
が、その直後ーー。
悲鳴にも似た、甲高い、女性の叫び声がとどろいた。
「マジ、ざけんなよ!
んなこと、させねー!」
ワタシ、〈聖女ヒナ様〉が、地下洞窟にまで駆け込んできたのであった。




