◆77 死者は聖女様によって祈りを捧げられると、天国へと迎え入れられるーーって、マジ!?
ここ、王都西区を管轄する教会の敷地は広い。
孤児院や倉庫塔、さらには森も含んでいる。
そして、低いながらも、周囲は壁に囲まれているから、外から出入りできる箇所は限られていた。
教会は、最も規模の大きい街中への出入口に当たっていた。
普段から一般信者のミサが行われるから、街から行き来しやすい位置に建っているのだ。
ワタシ、〈聖女ヒナ様〉は、森を抜け、教会へと向かう道すがら、考えた。
もう〈黄金の双頭龍〉は、聖魔法で討ち果たした。
今後、龍の復活はあり得るらしいけど、当座は消えていなくなった。
じっさい、聖魔法の影響で、黒い霧も晴れはじめてる。
だから、いまでは孤児院近くがいちばん安全なところになった……。
そーだよね、そのハズよね?
聖魔法がもっとも溜まってるところが、ワタシがいるところーー孤児院の近くってことだから。
でも、龍が出てきた場所が、いちばん安全だなんて、嫌味だわ、ホント。
見ると、修道士や修道女の集まりが、ゾロゾロと歩いてきていた。
でも、ワタシには見慣れない顔だった。
それもそのはず。
彼、彼女らは、他の教区や修道会に所属しているらしい。
敵の砲丸で破壊され、教会の敷地を取り囲む壁の一部が崩れていたから、勝手に入り込んできてたみたい。
彼らは、多くの一般人を引き連れていた。
〈魔の霧〉に襲われた王都から、逃げ延びてきた人々だ。
騎士たちとともに、ワタシは彼らの列に近づく。
「みなさん、どちらへ?」
「?? どちらって……決まっておりますでしょ?
こちらの教会ですよ。
みなが言っております。
『真の聖女様が現れた』とーー」
そこまで話してから、問いに答えた老婆が、ワタシの全身を上から下までジッと見渡す。
老婆だけではない。
彼女の傍らにいた多くの老若男女が、ワタシを見詰め始める。
いつの間にか、老婆は両手を合わせて目に涙を溜めていた。
「黄色い肌……もしや、貴女様がーー?」
ハリエットが、ワタシを押しのけて前に出て、大きくうなずく。
「そうだ。こちらにおられるお方が、〈魔の霧〉を祓われた〈真の聖女〉ヒナ様である」
ハリエットの返答を合図に、大勢の人々が地に膝をついた。
まずは修道士、修道女らが跪き、両手を重ねて掲げた。
そして、彼らの仕草に従って、民衆も祈り始める。
みな、ボロボロの格好をしていた。
ここまでの道のりの大変さを物語る。
それでも、誰ひとり愚痴ることなく、沈黙で祈りを捧げていた。
先導していた修道士、修道女らも同様である。
ハリエットが演説を続けた。
「〈聖女ヒナ様〉は、これから教会に向かわれる。
必ずや、あなた方の願いを聞き届けてくださるであろう」
ワタシはびっくりした。
ええっ、なにそれ?
なに、勝手言ってくれちゃってんの?
たしかに、教会に行くところだけど、『あなた方の願いを聞き届けてくださる』って??
修道士たちはヒナが慌てるのを無視して立ち上がると、後続していた群衆を指導して両脇へ退かせる。
すると、一気に視野が開けた。
彼らの後では、担架や手押し車が長蛇の列を作っていた。
正気を保てた人々が、協力して死体を集めていたのだ。
「お祈りを捧げてもらい、供養しなければ……」
「お願いします、聖女様。
亡くなった者たちを、呪いから解放してください」
ワタシは思わず、後退さった。
(なに、それ。ヤバくね!?
やめてよ。ワタシは……)
ワタシは無力だ。
仲間を助けようと健気に頑張っていた、たった一人の少年すら助けられなかった。
そんなワタシが……。
マジで、どーしたらいいか、わからない。
ワタシは、多くの死体と群衆を前に、立ち尽くす。
その間に、パーカーさんとエマが率いてきた人々も、彼ら修道女たちの列に加わり始めていた。
ワタシに向かって両手を合わせ、涙を流す人々が、さらに膨れ上がっていく。
呆然としているワタシに、ハリエットが身を寄せてささやく。
「さあ、教会へと参りましょう。
おそらく神父様もおられるでしょうから、ご一緒に神へのお祈りを捧げてください。
きっと、みなは満足するはずです。
古くから『死者は聖女様によって祈りを捧げられると、天国へと迎え入れられる』といわれておりますから」
「わ、わーった」
当たり前のような顔をして、ハリエットら騎士団が、教会への道を先導し始める。
釣られるように、ワタシも動き始めた。
その後ろには、何百もの人々、そして荷車や担架がついていく。
まさに『聖女様御一行』となっていた。
念願だった〈聖女伝説〉が、今こそ始まろうとしていた。
が、肝心の〈聖女様〉役であるワタシの心中は、動揺しまくっていた。
(なに、なに?
ガチで、ヤバくね!?
ワタシができることっていえば、聖魔法しかないんですけど?
祈りを捧げるって、どうやるの?
みんな真剣な顔してんだけど、ワタシには荷が重いよ……)
深い溜息をつく。
が、その瞬間、かすかな希望を見出した。
(そーだ、そうだった!
子供たちを連れてったのは、ライリー神父だった。
だから、ワタシは神父様を探してる最中だった。
だったら、教会でひたすらライリー神父を待てば良いんだわ)
そもそも、教会で人々を受け入れるのは、神父様のお役目。
ってことは、今現在は不在だったとしても、いずれはライリー神父も教会に戻ってくるに違いない。
(よかった!
ワタシ、教会へ出向いて、ガチで正解だった。
神父様が戻ってきてから、子供たちの行方を聞いて、ついでに『死者への祈り』ってのを丸投げすれば良いんだわ)
ワタシは、厄介ごとをすべてライリー神父に丸投げするつもりになって、深く安堵した。
そのライリー神父こそが、真なる敵に通じているとも知らずにーー。




