◆74 なによ、それ。わかんないことだらけじゃね?
〈黄色い聖女様〉のお力によって龍が討ち果たされ、〈魔の霧〉の危険が去ったーー!
そう信じた人々が拳を振り上げ、歓声をあげた。
大勢の男女が、互いに抱き合い、命が助かったことを喜び合う。
だがしかし、じつは、まだ安心はできない。
快哉の声をあげたのは、教会関係者や一般民衆だけであった。
騎士たちは相変わらず、聖剣を構えたままだった。
たしかに、〈真の聖女様〉ならではの奇蹟で、〈双頭の龍〉は消失した。
だが、その事実が周知されるには、まだ時間がかかりそうだった。
〈聖女ヒナ様〉の傍らにいて、龍退治の現場を目撃した者に、高位貴族は少ない。
最前線で戦い続けてきた騎士団と、ハリエットと行動をともにしてきた反王子派の騎士だけだ。
さらに厳密にいえば、まだ危機を脱し切れてはいない。
龍が消失しても、〈魔の霧〉は、いまだ晴れ切ってはいなかった。
いまだに薄暗い霧が、辺りに充満している。
いくら薄くなっても、〈魔の霧〉は神経毒だ。
わずかでも吸い込めば、人を疑心暗鬼に陥れる。
ハリエットら騎士たちも、ハーブを染み込ませた布を口に当て、警戒を解かない。
ハリエットは、ヒナの傍らに身を寄せてささやいた。
「どうやら〈魔の霧〉の真の原因は、まだ消え去っていないようです」
ワタシ、〈聖女ヒナ様〉は息を飲み、目を丸くする。
ようやく仕事を終えた、マオの仇を討った、と思ったばかりなのに。
「マジで? あの黒いのを吐きまくってた龍を消したのに!?」
ハリエットは言いにくそうに答える。
「しかし、実際に〈魔の霧〉が消え去ってませんし、大気も澱んだままです。
〈魔の霧〉に、あの龍以外の、他の発生源があるのかもしれませんし、ああ見えて、あの龍が死んでいないのかもしれません……」
双頭の龍は、魔法陣から放たれた光の中に消えた。
でも、ほんとうにドラゴンは死んだのかーー?
死骸もない以上、それは誰にも分からなかった。
ハリエットは、周囲の一般民衆に動揺が広がらないよう、気を配りながらも、キッパリとワタシに警告した。
「じつは、〈黄金の双頭龍〉は、あの〈魔の霧〉が結晶化したものにすぎない、ゆえに死なないのだーーという意見もあるのです」
「え!? ヤバくない、それ!? アレ、生き物じゃないの?」
「はい。あの龍は『呪いの具現化』にすぎないーーいってみれば、姿形は幻にすぎない、というわけです。
ですから、龍が消えても、それは呪いの一部が祓われただけ。
呪いを集めた本体が残っている限り、また龍が発生する可能性があります」
ワタシは、ひどく混乱した。
龍が死んだかどうか以前に、あの龍が生き物ですらない、というわけ?
でも、それ、メチャクチャじゃね?
そうなると、いくら龍を討ち果たしても意味ないんじゃ?
ワタシはハリエットに喰い下がった。
「あの龍が幻だっていうんなら、どうして〈魔の霧〉だけはハッキリあんのよ?
ひょっとして、あの龍、霧の集合体とか、そういうヤツ?
だから、切っても、追い払っても、効果なしっていう?」
ハリエットは端正な顔立ちを少し崩して、言い淀む。
「ーーそのように、マローン閣下は忠告しておいででした……」
もう、そんな重要なことは、派遣前に教えてよ!
ワタシは本社に向かって、殴り込みをかけたい気分だった。
だとしたら、龍をいくら消しても、大気中の〈魔の霧〉を完全に浄化しない限り、再び龍の形に固まっちゃう。
つまりは、〈魔の霧〉はいつでも蔓延しちゃうんじゃね?
だったら、マジで、どうすれば良いってわけ!?
このままマオの仇が討てないってのは、我慢できないーー!
ワタシは唇をギュッと咬み締めた。
が、怒りに震えるワタシを気遣って、ハリエットは元気付けてくれた。
「たしかに霧自体はすぐに霧散してしまい、捕まえようがありません。
しかし、叩く方法はあります。
龍を生み出す元凶ーー〈魔の霧〉を生み出す発生源を叩くんです!」
〈魔の霧〉を撒き散らす龍が、実体のない幻影みたいなもの。
その代わりに、その龍を生み出す〈魔の霧〉の、さらなる発生源ーー〈本体〉があるという。
「ーーマジ!?
じゃあ、その発生源ってヤツ、どこにあるわけ?」
ハリエットは嘆息する。
「わからないんです。
ですから、『聖女召喚儀式は本来、呪いを集積した発生源の在処を突き止めた後になされるべきだ』とマローン閣下はおっしゃっておられたのです。
なのに、王家が勝手に儀式をーー」
なによ、それ。
わかんないことだらけじゃね?
「もう、うっとうしいわね!」
ワタシは聖女らしくない振る舞いながら、地面を激しく蹴り上げる。
そんなとき、新たな事態が起こった。
蹴り上げた地面を、幾つもの影が横切ったことに気がついたのだ。
(なにか、飛んでる?)
ワタシは空を見上げた。
つられてハリエットら、騎士たちも、天を振り仰ぐ。
ヒュオオオオオオ!
風を切る音が、上空で響いた。
それは、昨日まで、最前線において、散々見慣れた光景だった。
騎士たちは喉を震わせた。
「て……敵だ」
「まだ、諦めちゃいなかったんだ……」
再び王都の外から、砲丸が大量に飛来してきたのである。




