◆73 地獄の炎に焼かれるのは、テメエだ!
ワタシ、〈聖女ヒナ様〉が放った聖魔法の威力を避けて、〈双頭の龍〉は空へと飛んだ。
そのさまを見て、騎士団連中は歓声を上げた。
おおおおおーー!
居合わせた人々はみな、〈黄色い聖女様〉が龍を追い払ったーーと思ったのである。
だが、いまだドラゴンは死んではいなかった。
むしろ、活動の自由を得たありさまとなっていた。
〈聖女ヒナ様〉の聖魔法に恐れをなした反動で、逆に八つ当たりとばかりに、王都上空を旋回しながら、黒い霧を吐きまくり始めたのだ。
やがて、黒い霧に覆われた王都の方々から、悲鳴が響き渡る。
〈魔の霧〉の呪い効果は、覿面であった。
敵の共和国軍によって壊された城壁や建物を、それまで修復作業をしていた人々が大勢いた。
騎士団のみならず、多くの一般民衆が力を合わせていた。
ところが、〈魔の霧〉に巻かれるやいなや、あっという間に互いにいがみ合い、殴り合う事態になってしまった。
「な、なんてこと……」
ワタシは呆然として、口に手を当てた。
ナノマシンから届けられる映像を見るまでもなかった。
王都で展開する光景は、まさに陰惨ーー地獄絵図そのものであった。
城の内外に関わらず、黒い霧を吸い込んだ者たちは、互いに殺し合っていた。
平民も貴族も、肌の色も関係なかった。
王国民だけではない。
王都の内外で展開していた、軍隊の将兵や騎士たちもだ。
敵国の共和国軍も同様、兵士同士で銃を撃ち合い、上官も部下もなく抜刀し、殺し合いを始めてしまっていた。
ワタシは〈鑑定〉能力で、龍が吐く黒い霧の効果を、改めて確認しようとした。
文字化けして見えなかった能力が、今ではハッキリ〈鑑定〉できるようになっていた。
調べてすぐ、ワタシは苦い顔になった。
ついに〈魔の霧〉の正体が明らかになったからだ。
(ヤバッ!
黒い霧ってのは〈神経毒〉?
それに、〈呪い〉とも表示されてんじゃん。
マジかよ、これ……)
〈魔の霧〉の正体は、生物の神経に有害なモノであった。
吸った霧の濃度が濃かった場合は即死、やや濃いだけでも発狂する。
たとえ濃度が薄くても、疑心暗鬼の念を生物に呼び起こすーー。
(怖っ! さすがは〈魔の霧〉と呼ばれるだけのことはある……)
まさに〈滅びの予言〉が成就されようとしていた。
〈魔の霧〉が王都を襲うーー。
「霧」が「襲う」と表現されるのは奇妙だ、と東堂正宗は指摘していたが、そんなことはなかった。
〈魔の霧〉が、人を狂わせる神経毒であること。
そして、〈魔の霧〉を生み出すのが〈双頭の龍〉であること。
これらを考え合わせると、まさに〈魔の霧〉が「王都を襲う」と表現するのがふさわしいとわかる。
ワタシが〈魔の霧〉を鑑定している間にも、龍は精力的に活動していた。
王都の広範囲に渡って、黒い霧と炎とを撒き散らす。
さらに今度は、天空に向かって、まっすぐ双頭を突き立てる。
そして、牙を剥き出し、大口を開けた。
大きく息を吸い込んでいるかのようであった。
ここ連日、王都上空には、黒雲が濃く立ち込めていた。
その黒雲を、龍は丸ごと飲み込もうとしていた。
そして再び、双頭ごと、ワタシに向かって、大口を開けた。
ワタシの聖魔法の威力を理解した上で、再度、攻撃を仕掛けるつもりらしい。
さきほどは、龍をたじろがせて、上空に追いやることに成功した。
が、今度、龍から放たれる攻撃は、さきほどよりも、遥かに大きな威力を持っているだろう。
騎士ハリエットは、ワタシの隣で、死を覚悟しているようだった。
が、逆に、ワタシはこのときを待っていた。
ドラゴンが、炎と黒い霧を吐き出そうとして、大口を開ける。
その瞬間をーー。
今、その時がきた!
ワタシは青白く光り輝きながら、宙に浮かび上がる。
それから大きく両手両足を広げ、甲高い声を張り上げた。
「ざけんな、このバカドラゴン!
地獄の炎に焼かれるのは、テメエだ!」
突如として、どデカい魔法陣が、宙空に浮かび上がる。
そして、大口を開けた龍の間近で、魔力が発動した。
「喰らえっ、マオの仇!」
魔法陣が白く輝く。
誰もが目を開けていられないほどの、まぶしさだった。
その輝きは、さらに勢いを増して大きくなり、一瞬で、双頭の龍の身体ごと光の中に包み込む。
そして、そのまま小さくなって、魔法陣の中に吸い込まれていった。
〈魔の霧〉を放つ凶悪なドラゴンが、光の只中に姿を消したのである。
突然のことに、静寂が場を支配する。
あれほど猛威を振るった化け物が、あっという間に消失したのだ。
事態を飲み込むのに、人々の時間がかかった。
だが、しばらくしてーー。
ようやく、ワタシが強大な聖魔法によって、龍を消し去ったことが理解された。
それからは、興奮が湧き起こるのに、時間はかからなかった。
「か、勝ったぞーー!」
「見よ、聖女様の放つ、聖なるお力を!」
「聖女様が、龍を討ち果たした!」
わあああ……!!
怒涛のように、歓声があがり始めたのであった。




