◆70 もう、ヤダ。マジ、観たくない! 消してよ、そんなの
「いやあああああああ!
マオ、マオーー!」
ワタシ、白鳥雛は、ナノマシンがもたらす映像を、ずっと脳裡で観ていた。
教会に向けて駆けつけながらも、同時にマオの奮闘を観ていた。
ピッケとロコ、そのほかの子供たちを助けたーーその勇姿を。
そして、目撃してしまった。
愛する少年が、大人の腕を振り解いて、倉庫塔二階の窓から地面へと落下するさまを。
そのまま、みなの所へ向かおうと歩き始めたものの、孤児院近くで力尽き、龍にひと呑みにされる、その一部始終をーー。
最期に、少年が幸せそうな笑みを浮かべて、瞑目するさまをーー。
ワタシは絶叫した。
もう、ナノマシンからの映像を直視できなかった。
マオを飲み込んだ龍のヤツを、心底、許せなかった。
味を愉しむかのように、ゴリゴリと、噛み砕く音を立てている……?
その音を耳にしたと思った瞬間、ワタシは叫んでいた。
「もう、ヤダ。
マジ、観たくない!
消してよ、そんなの」
ワタシは教会に辿り着いた段階で、力尽きた。
地面にへたり込んだ。
泣きじゃくるワタシの思いは、ただ一つだった。
(マジで、ごめん。間に合わなかった……)
孤児院の子供たちが目敏くワタシを見つけ、駆け寄ってきた。
「ヒナ様ーー!」
「ヒナ姉ちゃん!」
「わあああん!」
ピッケやロコ、その他の孤児たちが抱きついてくる。
子供たちは口々に泣き叫ぶ。
「火が熱くて怖かったぁ!」
「黒いのも気持ち悪かった。
マイヤーさんも、クランクさんも変だった」
「マオ兄ちゃんが助けてくれたの!」
「でも、マオ兄ちゃんがまだ来ないの。
大丈夫だよね!?」
マオのおかげで、大勢の孤児たちの命が助かっていた。
だが、肝心のマオがいない。
ワタシは生き残った子供たちを抱き締め、泣くしかできなかった。
こんなに、あっけなく、ガチでお別れしなけりゃなんねーのかよ!?
マジで、信じらんねー。
誰も別れをーーマオとの死別を理解できないまま……。
実感としては、ワタシも、そのひとりだった。
(マオ……マジかよ。
こんなの、突然すぎんだろ?
可愛い子だったのに。
ワタシの王子様だったのに……)
大人たちがあまりに不甲斐ない。
聖職者のくせに、子供たちを助けようとしなかった。
わずかに二人の助修士と修道女が奮起してマオを手伝ってくれたけど、彼らもおかしくなって殴り合いを始めた挙句、マオが逃げるのを邪魔した。
でも、ワタシは〈魔の霧〉を祓う権能を授かった〈聖女様〉だ。
たとえ黒い霧を吸い込もうと、他の大人のような無様なさまを見せることはないはず。
ワタシは子供たちを強く抱き締めてから、手放した。
「あとは、このワタシに任せな!
ワタシは聖女様なんだから。
マオの仇を討ってやんよ!」
ワタシは立ち上がって、前方を見渡す。
今現在も、孤児院跡では、黄金色の双頭龍が居座っていた。
モゾモゾと蠢きながらも、移動していない。
(あの腹の中には、マオが……)
そう想像するだけで、涙が溢れてくる。
わかってる。
マオは、あの龍の化け物に喰われてしまった。
それが現実だ。
でも、その現実を受け止めることができない。
ワタシは、怒りで身を震わせた。
孤児院で奇声を発する龍の化け物を、遠くから睨みつける。
(マジで許さねー。マオの仇を討ってやる!)
ワタシは全身に力を込めた。
身体が、青白く光り輝く。
聖なる魔力が、爆発寸前になっていた。
が、何人もの大人が後ろからやって来て、総出でワタシの動きを押し留めてきた。
ライリー神父をはじめとした、助修士や修道女たちであった。
彼らは涙を流しながら、ワタシに訴えかけてきた。
「諦めてください。
これも神様の思し召しでしょう」
「こんな幼児たちですらここまで逃げてきたのに、いまだに来ない。
マオはもう……」
「そうですよ。マオは英雄となったのです。
これだけの兄弟姉妹を助けたんですから、あさましい姿を晒すのは……」
ワタシの怒りは爆発寸前だ。
誰にも止められようはずもない。
「なんだよ、てめえら!
マオの仇を討とうってのを、邪魔すんじゃねー!」
ワタシは龍よりも先に、神父たちに聖魔法を叩きつけかねない勢いになっていた。




