◆66 今、できることは、外を目指して走ることだけなんだ。
マオは倉庫塔に向かって走った。
そして、燃え盛る火の中に飛び込んだ。
熱さと煙で、息が苦しい。
それでも大声をあげた。
「みんなー! 助けにきたよー」
その声を聞いた途端に、
「マオー、マオー!」
とあちこちで、子供たちの呼ぶ声が響いた。
十人ほどだろうか。
孤児の半数ぐらいが小さな子を背負ったり抱えたりしながら、倉庫塔の一階で固まっていた。
塔で燃えているのは上層部だけだったから、助かったのだ。
「よく頑張ったね。えらいぞ!」
マオはお兄ちゃんとして、弟や妹の頭を撫でる。
彼ら小さい子を今まで率いてきた、マオより二歳下の男の子がいた。
彼が唇を震わせる。
「初め、ぼくらは孤児院の地下倉庫にいたんだ。
街が大騒ぎになったから、神父様に言われて、隠れてた。
そしたら、地面からーー地下倉庫よりもずっと下の方から、石床を壊して、金色のお化けが出て来たんだ。
初めはちっちゃかったし、黒い霧も出てなかった。
それでも段々、大きくなって、身体が金色に光り出して、首が二つに分かれて……。
マルもテッタも、それからミールも食べられちゃった。
だんだん黒い霧も出てきた。
ーー怖かった。
だから、みなで一生懸命、階段を上がって、地下から逃げてきたんだ。
それから、急いでこの倉庫塔にまで……」
泣きながら訴える子供たち。
「バートやサリンも食べられちゃった!」
「ミナもドロンもーー」
マオは慌てて周囲を見回す。
(ピッケとロコがいない……!?)
マオは唇を咬む。
(ーー助けないと。
ヒナ様に約束したんだ。面倒を見るって!)
一階に固まっていた子たちに尋ねる。
「他に兄弟姉妹はいないの!?」
「上の階にまだいる」
「僕らは火が熱いから逃げて来た」
「小さい子がもう動けないって泣くから、残る子もいたんだ」
「ぼくらを助けてくれるのは神様だから、きっとお空からやって来るんだって信じて上の階に行こうとしたんだ。
そしたら、もっと上から火が落ちてきて……」
「わかった」
マオは天井を見上げて大きくうなずく。
「よし。もうひとふんばりだ。
さ、森を大きく回り込んで、教会の方に向かって走るんだ。
ほら、教会にはまだ火もついてないし、怖い霧もないからね」
マオは、怯えて動けなくなっている子供たちを、霧のない方角に走って逃げるように促した。
でも、子供たちは嫌がった。
「こわいよー! マオも一緒じゃなきゃいやだー」
孤児の兄弟姉妹たちは、マオにまとわりついた。
だが、マオ兄ちゃんは厳しい顔をした。
「時間がないんだ。
まだ上の階にいる子たちも、助けなきゃいけないんだ。
みんな、勇気を出して!
早くここから逃げて!
教会の近くでは、神父様が待ってる。
行けーー!」
そう大声を出すと、マオは上の階に向かって階段を駆け上がる。
年長の子供が、その駆け上がる姿を見て、弟や妹に向かって、
「マオ兄ちゃんを困らせるな。
外に出て、教会まで走るんだ。
みんな、オレについてこい。
かけっこだ!」
と言って、火の中を走った。
小さな子たちも、それにならった。
今は全力で走るしかないと、思い切ったのだ。
怖がっても、仕方がない。
今、できることは、外を目指して走ることだけなんだ。
「熱い、熱い」
「焼け死ぬ?」
「のどが痛い」
「い、息が苦しい……」
火の中を走るなんて、考えたことなかった。
誰もが泣きながら、熱気に晒され、肌を焼かれながら夢中で走った。




