◆64 神父様はボクのために祈っていて下さい
衝撃を受ける事態であった。
特に、孤児院関係者にとって。
敵軍による砲撃が、孤児院に集中したのだから当然だ。
実際、マオたち年長の子供たちや、助修士、修道女たちは身体を震わせ、恐れおののいていた。
自分たちの家が、職場が、いきなり破壊された。
挙句、黄金の龍に乗っ取られてしまい、〈魔の霧〉で覆われようとしている。
何が何だかわからず、呆然とする事態だった。
にも関わらず、ほくそ笑む者が、現場に一人だけいた。
被害者筆頭であるはずの、ライリー神父であった。
彼は王都西区教会と孤児院の責任者である。
そんな彼の精悍な顔付きに笑みが浮かび、唇を妖しく歪ませていた。
「おお、〈双頭の黄金龍〉だーー。
まさに、〈滅びの予言〉の成就!
これから始まるのだ。
〈魔の霧〉が王都を包む……」
ライリー神父は、喉を震わせる。
その横で、マオは怒鳴った。
「弟たちが、まだ中にいるんですよ!」
神父のつぶやく声は、マオの耳には届いていなかった。
だが、笑みを浮かべているのには感づいていた。
しかし、マオは大声をあげてから、我に返り、冷静さを取り戻す。
そして、いつもと違う神父様の様子を見て、(気が動転なさっておいでなのだ)と思った。
マオは改めて、孤児院を見詰める。
砲丸が大量に落下してきた結果、煙が濛々と立ち込めている。
おまけに、黄金龍の身体から黒い〈魔の霧〉が湧き起こっていた。
あの煙と霧の最中に、ピッケとロコ、そして兄弟姉妹たちが、瓦礫とともに身を潜めているーー。
居ても立っても、いられなかった。
マオは拳を強く握り締めた。
「大丈夫です。ボクには神様と聖女様の守りがあります。
神父様はボクのために祈っていて下さい」
そう言うとマオは、孤児院の中へと駆け込んでいく。
マオに続いて、二人の助修士が、
「私たちも行きます」
「神父様、お祈りをお願いします」
と叫んで駆け出す。
ライリー神父は、彼らが死地へと赴くのを止めなかった。
首からかけている、真ん中に赤い玉がある正三角形のペンダントを握り締める。
指が、ブルブルと震えていた。
口の端を歪め、深く笑みを浮かべる。
「よかった。
このまま黄金龍が目覚めなければ、どうしたものかと思っていた。
ククク……」
ライリー神父の裏の顔ーーその表情を見たのは、このパールン王国では誰もいなかった。
◇◇◇
日本東京でモニターを観ていた三人ーー星野新一・ひかり兄妹と東堂正宗は、唖然としていた。
ようやく、謎が明らかとなった。
〈魔の霧〉とは〈双頭の龍〉が身体から発する霧のことだったのだ!
「ちょっと依頼内容を整理してみよう」
新一の呼び掛けに応じて、正宗は腕を組んで思案顔になり、ひかりは手帳を床から拾い上げ、ペンを取り出した。
「そもそも、あの王国は、なぜ聖女を召喚したのか?」
「〈魔の霧〉が王都を覆う、と予言されたからだろ。
たしか、予言省による勧告ーーとのことだった」
三人がほぼ同時にうなずく。
依頼主は、予言省長官マローン閣下と思われる。
「そのマローンさんは現在、王宮内で幽閉されている」
「ヒナに好意的だった騎士ハリエットは、予言省所属の騎士なんだよね」
「そう。ハリエットは予言省から派遣されてたはず」
「つまり、〈魔の霧〉や〈双頭の龍〉の出現による国難を予見し、東京異世界派遣会社に依頼した人たちは、一貫してヒナさんを〈聖女様〉に推していたってわけだ」
「でも、聖女召喚の儀を予定日よりも早く強行したのは、あのクソ王子の意向だったんだろ。どうしてだ?」
「わからないけど、召喚の儀を急いだから〈白い聖女様〉のカレンって女の子が割って入ってきた……」
「なんだか、いろいろと怪しいね。
そもそも予言省とは反対に、王子も白い聖女サマも〈魔の霧〉の発生になんか、気にも留めていなかったような気がする。
隣国の共和国を攻め込もうと画策するばかりだった。
まだしも、敵の共和国軍の方が〈魔の霧〉の発生を喰い止めようと必死になってるような……」
「そんな経緯よりも、今現在、〈魔の霧〉が発生しちゃったってことが問題でしょ!
〈滅びの予言〉が成就しちゃったのよ。
どうすんのよ!?」
「〈魔の霧〉を祓うしかないでしょ?
そのために、ヒナちゃんを聖女様に仕立てて送り込んだんだし」
「へ? ってことは、ヒナのヤツ、双頭の龍をお祓いするわけ?
無理じゃね?」
「そもそも、どうして孤児院から、〈黄金の龍〉なんてのが出てきたわけ?」
「もう決まりだろ。
あの怪しげな神父を見ただろ?
あの神父が、孤児院の地下に〈双頭の龍〉を飼っていたんだよ」
「飼ってたって……猫や犬じゃないんだからーー。
でも、なんで?
どうして孤児院?」
ひかりの悲鳴にも似た問いかけに対し、正宗が肩をすくめた。
そして、それが一連の議論の総括となった。
「知るかよ。そのうち明らかになるだろうさ。
ヒナが生き延びて、帰って来られたらな!」




