◆63 〈魔の霧〉の発生源、現わる!
マオ少年は覚悟を決めていた。
生命を賭しても、仲間を助ける、と。
だがしかし、神父は冷然と言い放った。
「やめなさい、マオ。
お前を失いたくない。
私がここまで来たのは、子供たちを助けに来たのではない。
君たち年長組が無茶をするのを止めに来たのだ。
もう無理だ。
孤児院は諦めなさい」
信じられない言葉だった。
マオは顔を真っ赤にして抗弁した。
「それこそ、無理です。
ボクは、弟や妹たちを諦められません!」
改めて、燃える孤児院に、マオは足を向ける。
そのとき、変化が訪れた。
火が燃え立つ孤児院。
そこへ黒い霧が、地面から湧き立ってきたのである。
「な、なんだ?」
「なにが、起こってる!?」
助修士や修道女たちが動揺する。
やがて、奇声が轟いてきた。
キィイイイイイイイ!
黒い霧に包まれ、崩れゆく孤児院ーー。
その中から、金色の化け物が姿を現したのであった。
◇◇◇
テントで眠るワタシ、白鳥雛は、脳内で響く声で叩き起こされた。
「ヒナ! 寝てる場合じゃない。
孤児院を観てみろ!」
「な……なに?」
ワタシは寝ぼけ眼を擦る。
「マジで、なに言ってんの?
最前線で頑張ってんのはワタシなんだから!
マサムネの方が寝ぼけてんじゃねえの!?
ワタシが大丈夫なんだからーー孤児院は……」
ワタシが現在、寝ている場所は、戦場に設営されたテントの中だ。
壁の外で寝ていた自分が無傷なのである。
壁の内側にある孤児院に問題が起ころうはずもない。
ーーそう思っていた。
敵が投石機で巨石を放り投げていることは知っているが、まさか孤児院を狙うとは思いもしていなかった。
だが、正宗の焦る声が、寝起き頭をガンガン鳴らす。
「いきなりナノマシンが、東京に映像を送って来たんだ。
オマエの頭でも観られるだろ!?」
(もう。マサムネのバカ。せっかく寝てたのに……)
ナノマシンにお願いして、孤児院の映像を見せてもらう。
するとーー。
「な、なによ、これ……!?」
孤児院の本館の様子が、映し出された。
だがしかし、もはやそれは、人が寝泊まりできる建物とはいえなかった。
赤い屋根はへし折れて穴が空き、壁は半壊し、柱は折れている。
レンガ部分を残すだけの、残骸と成り果てていた。
さらに、奇怪なことにーー。
倒壊した孤児院のど真ん中で、黄金色に輝く龍のお化けが翼を広げ、奇声を発していたのである。
キィイイイイイイイ!
金色に輝く化け物は、二つの頭を持った龍ーー双頭の龍であった。
そして、黄金の身体の鱗から、黒い霧が迸っていた。
孤児院の地下から黄金龍が出現し、真っ黒な霧が渦巻いているのだ。
「わああああーー!」
「きゃあああ、神よ、お助けを!」
ライリー神父や助修士、修道女たちが、悲鳴をあげて逃げ出す。
と同時に、口々に叫んでいた。
「吸うな! 死ぬぞ。〈魔の霧〉だ!」
孤児院や教会の人々は、逃げ惑う。
孤児たちを助けるどころではなかった。
そのさまを映像で見たワタシは、両目を見開いて飛び起きた。
「ヤバッ!
なんで!?
マジで、なんで孤児院なんかを襲うわけ!?
孤児たちは大丈夫なの?」
孤児たちはこの国にとって保護対象ではないーー。
その事実を思い出し、ワタシは血の気が退いた。
(もう、マサムネの馬鹿が『敵を探れ』ってヘンなこと言うから!
マオやピッケたちの様子を見損ねたじゃない!)
ワタシは頬を膨らます。
ほんとうをいえば、もしナノマシンが孤児院の映像を映してくれたとしても、ワタシは目にすることなく、ぐっすり寝入っていただろう。
しかし、ぶっちゃけ、自分のミスにはとことん甘いワタシである。
実際、今のワタシには、自分の行為を悔恨する暇はない。
すぐさま前向きに考える。
グッと両手を握り締めた。
「マオたちは、〈聖女様〉であるワタシが守らなきゃ!」
ワタシはナノマシンにお願いする。
「教会と孤児院の様子を、もっと映して。
そして、誰が悪いのかーー誰がワタシの子供たちを苦しめてるのか、教えて!」
ワタシはテントから飛び出した。
騎士の何人かは、掴んでいた。
敵の砲丸が頭上を通り越して壁内へと飛んで行き、それらが王都西方に集中していたことを。
だが、敵の砲丸が孤児院を狙っていたことや、その孤児院で、龍の化け物が黒い霧とともに現われたことを、まだ知らない。
寝ぼけ眼で姿を現したパーカーさんに向かって、ワタシは甲高い声を張り上げた。
「パーカーさん! 馬ッ!
馬を急いで! 孤児院がメチャクチャになってる!」




