◆62 崩壊し、燃える孤児院
夜が明ける頃ーーそれは起きた。
そのとき、マオは教会に出向いていた。
外で働く孤児院年長組は、早朝、教会の礼拝堂で神父と共に祈ることが慣例になっていた。
マオは神像の前でひざまずいてお祈りを捧げていたが、嫌な予感がした。
ふと、目を開け、視線を横に振る。
窓からは、うっすらと白い朝靄が見えた。
靄の彼方には、小さな森と孤児院がある。
すると、突然、轟音が鳴り響いてきた。
(なんだろう?)
こんな朝早くから敵襲だろうかーーと空を見上げた途端、信じられない光景が窓の外に映っていた。
無数の黒い物体ーー何十発もの砲丸が降り注いできたのである。
ドドドドドドドド……!!
地面が震えた。
「な、何事だ!」
祈っていた助祭や修道女などの大人たちが、教会から出ていく。
釣られてマオたち、年長の子供たちも。
そして息を呑んだ。
「ああ、僕たちの家が……!」
もちろん、教会や森にも幾つか砲丸は落下していた。
教会の屋根の端が破損し、森の樹々も倒されている。
だが、もっとも襲撃されていたのは、孤児院だった。
落下してきた大きな石が無数に転がる中に、孤児院はあった。
赤い屋根は真ん中からへし折れ、壁も砕かれていた。
マオたち、年長の孤児ばかりではない。
助修士や修道女たちも唇を咬む。
彼らはみな、戦争が起こっていたのは知っていた。
もっとも、つい最近まで、遠い国境線での出来事だと思っていた。
ところが、敵の軍勢が、この王都を砲撃してきた。
すぐ近くにまで、敵の魔の手が伸びて来ていたのだ。
でも、敵の狙いは、王城などの王都中心部だと信じて疑わなかった。
孤児たちには、市民権がない。
敵襲を受けても、王城で匿ってくれない。
それでも、王都の西外れにある孤児院に籠りさえすれば、安全にやりすごせる。
そう思っていた。
ところが、まさか、孤児院がじかに襲撃されるとは、思ってもみなかった。
孤児たちはーー自分たちはどうなる?
孤児院や教会が破壊され、王都が戦場となった場合、逃げる場所があるのか?
お城で匿ってもらえない孤児たちは、教会の中で祈るしかない。
そんな子供たちがいる孤児院に向けて、大石の雨が、空から容赦なく降り注ぐ。
砲弾が爆発しないのが、せめてもの救いだった。
ドドドドドドドド……!!
またも、大地が揺れる。
「ライリー神父さまー!」
マオは慌てふためいて、ライリー神父の長服に縋った。
ライリー神父は、呆然として立ち尽くしたまま、孤児院の方角を見ていた。
「大変なことになった……」
「神父様、どうしましょう。
孤児院は大丈夫でしょうか?」
「わからない。避難した方が良いのか。
このままやり過ごすことができるのか。
決断をしなくてはならない……」
「では、ボクは孤児院の子どもたちの様子を見てきます」
「ああ、そうしてくれ。
みんなで一緒に行動しなければいけないから。気をつけて」
マオは年長の孤児たち五、六人とともに、大急ぎで孤児院に向かった。
だが、遅かった。
時間にして十分もかからない距離なのに、間に合わなかった。
マオが孤児院に着いた時には、孤児院の屋根に大穴が空いていた。
(街からーー王城からの助けは……?)
遥か後方ーー教会の向こう側に広がる、王都地域を見渡す。
だが、無駄だった。
孤児院が敵襲を受けても、騎士団が助けに来てくれる気配はない。
(お城には、砲丸があまり飛んできていない。
やっぱり、ボクたちの孤児院が狙われてるんだ!
でも、どうして……?)
理由はわからない。
だけど、誰も助けてくれない、ということはわかっている。
お城の騎士も王都市民も、みな孤児院がどうなろうと気に留めない。
敵からは、こんなに狙われているというのにーー。
これじゃあ、街の中でも外でも、敵に囲まれているみたいだ。
マオは涙を拭きつつ、森を突っ切り、倒壊した孤児院の入口まで走った。
「みんなー! 助けに来たよー!」
早朝から厨房の竈門に火がはいっていたのだろう。
建物から火が出始めていた。
「火がーーみんなの家が燃えてしまう!」
マオは唇を震わせる。
孤児院の中からは、子供たちの悲鳴が聞こえてきた。
砲丸の雨を避けるため、地下室で祈っていたのだろう。
火事を知って、慌てて地上に出てきたらしい。
でも、すでに火の手は回っている。
建物の外にいても、燃え盛る火の粉が飛んでくる。
顔が熱い。
熱気で、息も苦しい。
「マオ、危険です。離れなさい!」
後方から声が聞こえる。
ライリー神父ら、大人たちが走ってきていた。
大人から完全に見捨てらた気がしていたので、マオは嬉しくなった。
「来てくださったのですね。ありがとうございます。
急いで、弟や妹たちの居所を確かめて、助け出さないとーー」
そのとき、突然、砲撃が止んだ。
敵の砲丸が尽きたのか?
わからない。
でも、これは好機だ。
静寂の中、マオが叫ぶ。
「神父様、ボク、今すぐ弟たちを助けに行ってきます!」




