◆61 起きろ、ヒナ! 今こそ〈聖女様〉の出番だ!!
東京異世界派遣会社ではーー。
三人の男女ーー星野新一・ひかり兄妹と東堂正宗が、モニターの前で齧り付いていた。
異世界に〈聖女様〉として派遣した白鳥雛が、戦場の最前線で負傷兵を癒すさまを、彼らは観ていた。
まさに聖魔法の大安売りで、大魔法を展開して大勢の将兵の怪我を治療した挙句、ヒナは魔力を使い果たして寝てしまった。
「おいおい、ヒナのヤツ、寝ちまったぞ」
通信回路が切断されて不満げな正宗に対し、新一は冷静に応える。
「構わない。
ヒナちゃんも、今は休んだ方が良いからね。
ーーそれにしても、興味深いな。
やっぱり、ナノマシンは、ヒナちゃんの命令を忠実に守ってるみたいだ。
ずっと魅了魔法がかかってるってことだね」
モニターの画像は、相変わらず二つに割れていた。
一つは白鳥雛の寝姿を映したままで、もう一つの映像が切り替わった。
篝火に照らされた無数の黒テント。
そして、巨大な投石機ーー。
これらを間近から映し出した映像だった。
東京にいる連中が、まさに欲していた敵陣の様子が、ナノマシンによって映し出されたのだ。
軍服が違うから、一発で、敵軍カラキシ共和国の陣営とわかった。
笠みたいな兜を被り、袖口が幅広になっている軍装ーー古代中華風な、デザインだ。
行き交う将兵の肌の色は、黒ばかり。
白人も緑人も黄色人種も、一人もいなかった。
敵軍内で交わされている言葉なのに、意味がわかる。
パールン王国と似通った言語なのか、ナノマシンが上手く翻訳してくれていた。
その結果ーー。
東京の三人は、敵陣へ放ったナノマシンの映像から、意外な事実を知った。
敵軍の狙いが、単に、パールン王国の王都征圧ではなかったのだ。
本営テントの奥で、立派な髭を生やした黒人が鎮座していた。
指揮官クラスの武人らしく、華麗な軍装をまとっている。
引き締まった顔立ちの彼が、感情も露わにして大声で叫ぶ。
「砲丸の狙う場所は、王城ではない。
何度言えば、わかるのだ!
発生源を叩かねば、いずれは我が国にも被害が及ぶのだぞ。
発生源の在処を早く探るのだ。
どこだ!?」
大きな水晶を前に、老人が眉間に皺を寄せる。
「もっと西方です。街の中心部からやや外れた場所から霧が……」
「見えておるのだな。たしかに〈魔の霧〉なんだな!?」
「はい。すぐにでも湧き立つ段階にまで、魔力量が高まっております」
敵軍の将が、部下の魔法使いらしき老人を使って、〈魔の霧〉の発生源を掴もうと躍起になっていた。
魔法使いの老人が、クドクドと〈魔の霧〉の性質について解説をする。
「〈魔の霧〉は不思議な性質をしてまして、発現までは発生源には魔素が充満せず、その上空において、暗雲とともに周囲から魔素を掻き集めるんです。
そして発現後は、それまで暗雲と化していた魔素を吸収して、飛翔力を得て〈襲う〉力を得るのです。
見てください、あの黒雲を!
あれほどの闇の力ーーすぐにでも発生源を叩かねば……」
どうやら、水晶を睨みつけた老人は、〈魔の霧〉の発生源を見つけ出したようだった。
黒人の大将は、パシンと膝を打った。
「よし、わかった。
街の西方ーーはずれにある発生源に向けて、砲丸を叩き込め。
翌早朝までには狙いを定めよ。
集中砲撃だ。
なんとか〈魔の霧〉の発生を防ぐのだ!」
敵国特攻部隊の主要任務は、パールン王国の王都攻略ではなかった。
〈魔の霧〉の発生を防ぐための対策部隊だった。
ゆえに、砲撃が狙う先はーー王城ではない。
〈魔の霧〉が発生する場所であった。
敵軍のお偉いさんの発言を受け、星野ひかりは青褪めた。
「え? これって、どういうこと!?
敵軍が狙ってるのは〈魔の霧〉の発生源??
ってことは、これは隣国による侵略戦争じゃないってこと?」
兄の新一は渋い顔をする。
「やっぱり、〈滅びの予言〉ってのは、正しかったようだね。
『〈魔の霧〉が王都を襲う』ーー。
予言通りになると、パールン王国のみならず、隣国のカラキシ共和国にまで被害が及ぶ。
それほどの厄災なんだね、〈魔の霧〉というのは」
正宗までが、珍しく表情を曇らせる。
「本来、〈滅びの予言〉を阻止するために奮闘すべきは、隣国の共和国じゃなくて、パールン王国なんだ。
だけど、王国では〈聖女召喚の儀〉以来、いろいろとゴタついて、何の対策もなされていない。
だから、痺れを切らせた隣国が動いたってわけか。
〈魔の霧〉が発生する前に、じかに発生源を叩き潰そうとして。
ーーでも、そうだとすると、やっぱり、あの〈白い聖女様〉の行動は真逆ってことになる。
〈魔の霧〉を祓うどころか、むしろ発生を促してねえか?」
いろいろと議論しているうちに、モニター画像が乱れる。
数秒、ザーッと砂嵐になったかと思うと、映像が回復した。
これは異世界での時間経過を表す。
黒雲が空を覆っているが、雲の切れ間から陽光が漏れている。
朝になっていた。
投石機の傍らには、大量の砲丸が山積みされていた。
星野ひかりは椅子から立ち上がった。
「ヤバいじゃない!?
総攻撃が始まっちゃう。
あれほどの岩石が叩き込まれたら、大勢の人が死んじゃう。
今すぐ、逃げないと」
正宗は首を横に振る。
「いまさら、俺たちに手の打ちようはねえよ。
俺たちには、どこが〈魔の霧〉の発生源かもわからないんだ。
だから、まずはヤツらの攻撃先を見定めて、発生源を特定するんだ。
それから、ヒナに連絡とって……」
そんな会話を交わしているうちに、攻撃が始まった。
ゴオオオオ!
数多の砲丸が、王国軍陣地や壁の上を飛び越え、街中へと叩き込まれていく。
そのときである。
いきなり映像が切り替わった。
映し出されたのは、見た時がある場所だった。
星野ひかりが悲鳴をあげた。
「え!? なによこれ!」
赤い屋根に白い壁ーー。
マオやピッケ、ロコたちが生活する孤児院だった。
ドドドドドド……!
轟音とともに、たくさんの砲丸が雨霰のように降り注ぐ。
屋根も壁も、あっという間に砕かれていく。
「敵の狙いって、孤児院だったの!?」
ひかりは手帳を床に落として叫ぶ。
正宗も顔を真っ赤にした。
「いくら〈魔の霧〉の発生を防ぐためと言ったって……!
民間施設ーーそれも、教会とか孤児院とかを襲撃するか!?
国際法か何かに違反するだろ?
アッチにはそういった多国間協定みたいなのはないのかよ?」
それにしても、疑問が残る。
星野新一は腕を組んで唸る。
「(魔の霧〉の発生を防ごうとする部隊が、どうして孤児院なんかを壊そうとする?」
三人は顔を見合わせる。
何か裏がありそうな気配に、戦慄を覚える。
そのとき、モニター画面の片割れには、スヤスヤ眠るヒナの寝顔が映し出されていた。
東堂正宗は、通信ボタンを叩きつけながら絶叫した。
「起きろ、ヒナ! 今こそ〈聖女様〉の出番だ!!」




