◆60 これで、ようやっと、ワタシが〈聖女様〉だって自覚できたわ!
ワタシ、白鳥雛は、聖女様として異世界に派遣され、現在は戦争の最前線にあって、大勢の負傷兵を前にしていた。
ワタシは両手を輝かせ、灰、小麦粉、砂利などに、ひたすら聖魔法を込め、緑や黄色に光る、大量の粉を作り出した。
そして、ワタシは両目を閉じた状態で、厳かに宣言する。
「神様から授かった〈聖魔法〉を込めました。
これを水に溶かして飲みなさい。
痛みが治り、傷も癒やされることでしょう」
ワタシの言葉を合図に、パーカーさんが精力的に駆け回り、負傷者たちに〈聖魔法入りの薬〉をガンガン飲ませる。
するとーー。
「おお!」
「い、痛みが……退いていく!」
「傷口が緑色に輝いてーー塞がっていく……!?」
野営テントの方々で、ざわめきが起こる。
そのざわめきが、やがて感嘆する声に変わっていき、ついには嘆願する叫びに変化していった。
「もっと、薬をください!」
「ぜひ、聖女様のお力をーー!」
「お救けください、聖女様!」
ひざまずく負傷兵たち。
中には血塗れの身体を無理に起こし、両手を重ねて拝む者までいた。
さすがにビビった。
〈聖女様〉として憧れられるぐらいは期待していたけど、〈神様〉のように崇拝されると、ちょっと重たい。
「ヤバいよ、それは。
マジで、頭、上げよ?
ワタシは聖女として、当然のことをしたまでってヤツで……」
「ああ、聖女様ーーありがとうございます!」
屈強な男たちに傅かれる。
歌舞伎町では、大枚を叩いてもできなかった経験だ。
ワタシのテンションは嫌が上でも盛り上がった。
(まあ、こうして見ると、みなさん、じつに男らしい身体付きしてんじゃん!?
しなやかに筋肉が付いていて、細マッチョばかり。
しかもイケメン!)
ワタシは上機嫌になった。
「よし。気合い入れるぞ!」
もはや、灰も水も使わない。
ポーションめいた薬なんか必要ない。
じかに魔法を使ってやる。
「治癒、治癒!」
直接、負傷兵に向けて、治癒魔法を乱発したのだ。
ワタシの両手が青白く輝く。
なんだか感触としては〈聖魔法〉を使うときと変わらない。
やはり〈治癒〉魔法も〈聖魔法〉の範疇に入るようだ。
とにもかくにも、ワタシは負傷者に向けて魔法を使いまくった。
その結果ーー。
いつの間にか、ワタシの前でひざまずく将兵たちが何十人にもいた。
(ヤバッ!
さすがに、やりすぎ?
でも、〈聖女様〉なんだし、これくらいは……ね)
ザッと見渡せば、負傷兵は白人が多数を占めていた。
最前線では、もとより白人が多かったのだ。
こんなに白人がいたのか、と驚くほどだった。
しかし、戦闘が長引くにつれ、変化が現れた。
華美な軍装をした将校が担架で運ばれてくることが多くなった。
それにしたがって、負傷者に黒人・緑人の比率が高くなってきた。
傭兵隊長や騎士団副長までが、担ぎ込まれる事態に陥っていた。
負傷者となると、平民兵から騎士まで、身分の上下はなかった。
みな、等しく苦しむ怪我人だ。
そして、ワタシの聖魔法によって治癒された将兵たちは、みな、〈聖女様〉に祈りを捧げる、敬虔な人間ばかりになっていた。
(うう、こーなったら、ガチで休んでられないわね……)
ゴオオオオ、と音が風を切って鳴り響く。
投石機から放たれた砲丸が、頭上を飛び越える。
背後の壁にぶち当たる音と振動に耐えながら、ワタシは負傷兵を治癒し続けた。
そして、夕暮れ時ーー。
ついに敵軍による攻撃が停止した。
新たに運び込まれる負傷兵がグッと少なくなる。
ようやく、ワタシは一息ついた。
(ふう。でも、まだまだ怪我人がいるわね……)
一日中、聖魔法を乱発しまくって、さすがに疲弊してきた。
(疲れた。もー休みてー。
お腹も空いた……ええい、面倒だ!)
ワタシは両手を空に向けてかざして唱えた。
「展開!」
すると、黒雲に覆われた夕暮れ空に、青白く輝く巨大な魔法陣が描き出された。
そして、その魔法陣から、緑色に輝く光の雨が噴出し、味方陣営一帯に降り注ぐ。
負傷兵たちが一気に治癒される奇蹟が行われたのだ。
「おお……聖女様!」
「聖女様が、戦場に降臨なされた!」
傷を癒やされた者に、貴族も平民もなく、緑人、黒人、白人もない。
宙に三角形を描いて祈る人々が続出する。
(これで、ようやっと、ワタシが〈聖女様〉だって自覚できたわ!
それにしてもーー)
ワタシはゾクゾクっと身を震わせる。
実際、鍛え上げられた男たちに崇められるのは、想像以上に快感だった。
身体を癒してあげた将兵たちが、次々に訪問してくる。
献上品を持ってくる者もいた。
覗き込むと、見慣れた食材や食品の姿ばかりだった。
(あ、これって、パーカー商会のもの?)
片膝立ちで首を垂れる騎士たちの後ろで、パーカーさんが気恥ずかしそうに頭を掻いている。
おおかた、彼が「ぜひ、聖女様に感謝の意を示すために、貢物をーー」とでも扇動し、商会の商品を売りつけたのだろう。酷いマッチポンプである。
でも、ワタシは至って上機嫌だった。
実際、商会から買い入れたものは、パンであっても肉であっても美味いし、それらを屈強な男どもにかしずかれながら食べるのも気分が良い。
(ヤベェわ、これ。
この世界、悪くないかも!?
こんなに人材が豊富なら、終戦後はホスト・クラブでも経営しよっか……?)
などと不謹慎なことを考えつつ、ワタシは本格的に休みに入った。
聖女様を崇め奉る元負傷兵たちを尻目に、自分専用のテントに引っ込み、毛布にくるまった。
「ああ、これでようやく眠ることができる。
さすがに、マジで今日は疲れたわ」
ワタシは横になった。
その途端、脳内で声が響いた。
「お、繋がった! やったぞ」
聞き慣れた声がする。
ワタシはうんざりした。
東堂正宗の声だった。
「もう、コッチからすりゃあ、どーして繋がったってゆー気分なんですけど?」
と、文句ありげに問うと、マサムネは得意げに答える。
「よくはわからんが、ナノマシンたちの自己判断なんじゃないか?
つまり、今こそ、俺様のアドバイスが、|ヒナ(ご主人様)に必要だ、とでも思って……」
「ったく、うっさいわね。
でも、今のワタシ、機嫌良いから、とりあえず、聞いてやるわ。
なに?」
マサムネがアドバイスしてきた。
「ナノマシンを敵陣へ飛ばしたらどうだ?
せっかく最前線にまで出てるんだ。
ナノマシンの活動可能空域に、敵陣営も入ってるかもしれん。
映像さえ見ることができれば、敵の狙いもわかるはず!」
「ああ、もう。ウザってー。
敵がどうとか、活動がどうとか、ゴチャゴチャうるさくね!?
わーったよ。
ナノマシン(あの子たち)にお願いしとくから、もう寝かせて。
ワタシ、ガチで眠いんだから。
おやすみ……」




