◆59 やった。〈聖女様のお薬〉を宣伝する絶好のチャンス!
王都防衛の最前線で布陣する騎士団本部は、喜んでパーカーさんを迎え入れてくれた。
ワタシ、白鳥雛はパーカーさんのオマケとばかりに、ノコノコついていく。
ところが、存外、ワタシは騎士さんたちの目を引いたようだった。
「貴女様がーー例の〈黄色い聖女様〉なのですね」
大勢のイケメン騎士たちが、ワタシの前で片膝立ちになった。
「ハリエットから伺っております。
マローン閣下の釈放運動にも力をお貸しくださっておられるそうで。
感謝いたします。
我ら第二騎士団は、マーロン閣下のお世話になっているのです」
「???」
ワタシが首を傾げていると、パーカーさんが苦笑いしていた。
(ははあ〜〜ん。
ワタシの名前ーーというか、〈黄色い聖女様〉っていう言葉と噂話を、上手く使ったんだな……)
ワタシは実際のところ、何もしていない(ハズ)。
組合や王子派から薬や化粧品の販売を邪魔されて以降、ワタシ自身は、日々、マオと買物に出かけたり、ピッケとロコ、その他の孤児たちと遊んでばかりだった。
でも、その間に、パーカーと反王子派の人たちは、精力的に宮廷工作を進めており、その際、積極的に〈街中の黄色い聖女様〉の存在と名前を利用していた。
〈白い聖女様〉は偽物で、王子が王宮から追放した〈黄色い聖女様〉こそ、本物の聖女様だ。
その聖女様が、囚われの身となっているマローン閣下と騎士ハリエットの釈放に動き、〈滅びの予言〉たる〈魔の霧〉を祓おうと尽力なさっているーーと。
もちろん、こうした政治活動をしていることを、パーカーやエマは、ワタシには内緒にしていた。
この場でも、パーカーは笑って誤魔化す。
「ヒナ様はお疲れなんです。
ご活躍も明日の朝から、ということで」
パーカーさんは、わざとらしく空を見上げて、ため息を漏らす。
騎士たちも、釣られるように夜空を見上げ、憂える。
「そうですね。このような月も星も、雲で覆われて見えない夜には、敵も攻めてはこないでしょう」
「まったく、〈魔の霧〉が発生する気配が、これほど濃厚だというのに。
国内はゴタゴタ続き、挙句、隣国までが攻めて込んでくるとは……」
「まさにマローン閣下が憂えておられた状況、そのものになりました」
騎士たちが仲間同士、色々と議論し始める。
テントの外を見れば、たしかに星影もなく、月明かりもない。
漆黒の闇に覆われていた。
本来、煌々とした灯りで照らし出されるべき本営テント周辺も、今は戦時中ゆえ敵の砲丸の標的にならぬよう、篝火を焚いていなかった。
(マジで、なんも見えねー。
こんなじゃ、やれることもないから、さっさと寝よっかぁ)
殴り込みをかけんばかりであった意気込みも、すでにない。
ワタシ、白鳥雛は若い騎士の先導に従って、特別に設営されたテントに至る。
そして、毛布にくるまって、倒れるようにして眠り込んだ。
そして、翌朝ーー。
朝日に照らされ、戦場のありさまがくっきり見渡すことができた。
味方陣営の背後に聳える壁は、所々、砕けていた。
王都の壁の割れ目から外を覗く。
まっすぐ敵軍の様子をうかがう。
甲冑をまとった騎士や歩兵などのほか、様々な兵が動き回っていた。
弓や石弓、棍棒、鎚、魔法杖などを携えた兵のほかに、スコップや鍬を抱えた軽装の雑兵たちもいる。
彼らが駆り出された原因は、すぐにわかった。
塹壕を掘ったり、投石機を組み立てたりする必要があったからだ。
王国の騎士たちは冷や汗を流しながら、ささやき合った。
「見ろよ」
「ああ。投石機がズラッと並んでる」
「見たこともない数だ。
一〇〇台はあるんじゃないか? 凄いな!」
投石機とは、石の重さを利用して巨石を飛ばす木製機械である。
この異世界の投石機は、ローマ軍が完成させたとされるトレビュシェットに似ていた。
他にも、綱を捻る力を利用して石を飛ばす、マンゴネル型の投石機も見られた。
ーーそうしたことを、東堂正宗なら、つぶやいただろう。
しかし、ワタシ、白鳥雛は、もとより戦争や軍隊なんぞに興味はない。
地球での、どういった兵器に相当するかなんて、マジで、わかんねー。
だけど、投石機の破壊力が舐められないことぐらいはわかっていた。
王都内を逃げ回っていたときに、よく見ていた。
飛んできた砲丸は、石玉や鉄球など、さまざまだった。
単なる大石や荒削りの岩だったりもする。
でも、城壁を砕くことはできる。
負傷する者もいるーー。
実際、最前線で戦う王国騎士や将兵にも、大勢の負傷者が出ていた。
テントを張っただけの〈病院〉が、幾つも設けられていた。
満足な包帯もなく、鮮血ほとばしる傷口もあらわに、うめき声をあげる人たちが、大勢、あちらこちらで寝かせられていた。
だけど、そうした凄惨なありさまを目にして、ワタシが思ったことは、じつに不謹慎なことであった。
(やった。〈聖女様のお薬〉を宣伝する絶好のチャンス!)
ワタシはヴェールを脱ぎ捨て、腕まくりする。
そして、特に負傷者から目につく場所に、真っ白なシーツを敷いてもらった。
そこに、大量の灰や小麦粉、さらには現場で散らばる瓦礫をさらに細かく砕いたモノを、ズラッと並べた。
「おい、なんだ、アレ?」
「〈黄色い聖女様〉が、何かなさるみたいだぞ」
「み、見ろ! 手が青く光ってる!?」
騎士たちの視線が集まったタイミングで、ワタシは両手を輝かせ、目前に散らばった灰、小麦粉、砂利などに、ひたすら聖魔法を込めた。
その結果、緑や黄色に光る、大量の粉が出来た。
ワタシは両目を閉じた状態で、厳かに宣言する。
「神様から授かった〈聖魔法〉を込めました。
これを水に溶かして飲みなさい。
痛みが治り、傷も癒やされることでしょう」




