◆58 文句を言うなら、戦場にまで来やがれってんだ!
東京との通信回路が、切断されたようだった。
『ワタシ、白鳥雛の意向を優先します』ってことね。
やるわね、ナノマシン(ナノちゃん)。
ワタシ、頑張る!
ワタシ、白鳥雛は頬を叩いて、今一度、気合を入れる。
(とにかく、今、攻撃してくる敵を追い払わなきゃ……)
だったら、直接、戦場に出向いて、
「戦争なんか、くだらねー。やめちゃいな!」
と叫べばいいわけ?
マジで『戦場の中心で愛を叫ぶ』って、なんだか〈聖女様〉っぽい気がする。
でも、敵の人がワタシを相手にしてくれるとも思えん。
言葉が通じるかどうかも、わかんないし。
やっぱ、こっちの国の騎士さんや兵士さんを助けて、頑張ってもらうしかないかぁ……。
そう思った瞬間、突如として閃いた。
ワタシは、思わず声を張り上げた。
「ヤベェ! 考えてみりゃ、これ、ガチでチャンスじゃね!?」
パーカーさんは、ワタシを抱え上げた状態から、ようやく地面に降ろす。
「また、なんか思いついたのか?」
屈んで、ワタシの目線に合わせるパーカーさんに、ワタシは縋りついた。
「灰をたくさんちょうだい!」
「こんな時だ。ありったけ持っていっていいぞ。
でも、こんな戦時に、なにをする気……」
「もち、薬を作りまくって戦場で売りさばくーーもとい、使いまくるのよ。
『ほら、聖魔法入りの薬はこんなに効くのよ!』って!」
戦争ともなれば、負傷兵がごまんといるはず。
戦傷者を労ってこそ、聖女様じゃない!?
「ーーあ、でもまた薬の組合が、文句言ってくるのかしら……」
心配するワタシに、パーカーさんは苛立ちの声をあげた。
「バカ! 非常時なんだぞ。
街中の薬屋組合なんぞ、無視だ。
薬を使うといっても、戦場で、しかも負傷兵相手に使うんだ。
文句を言うなら、戦場にまで来やがれってんだ!」
「そりゃ、そうか」
ピッケやロコまでが街中の孤児院で頑張ってるのに、聖女様のワタシが王城に逃げ込むなんてできない。
「じゃあ、馬に乗れ! 最前線にまで連れてってやる」
「あら。牛しかいないと思った」
「馬に乗るのは王宮に出向くときと、非常時だ」
パーカーさんなぜだか積極的になった。
「エマ、あとはよろしく頼む。
俺はヒナ様を馬に乗せて、街の外、戦地へ向かう」
「気をつけてね。
軍の中には、兄さんやヒナ様を敵視してるのもいるから」
「ふん。心配はいらん。
今現在、王都防衛の最前線に布陣してるのは、兄貴の仲間ばっかだ」
〈好戦派〉の王子派軍勢は国境線に出払っていて、王都にはいない。
しかも現在、国境戦線は膠着状態になっていて、戦火を交えていない。
その一方で、〈講和派・即時停戦派〉の反王子派の騎士団が王都に布陣し、結果として防衛戦に奮闘している。皮肉なことであった。
パーカーさんは、ワタシを鞍の後ろに乗せ、空を見上げた。
王都の雰囲気を表すかのように、文字通り、暗雲が立ち込めていた。
「相変わらずの天気ーー敵さんも、コイツが気に入らないに違いない。
ヒナ様ーー頼みますよ。
あんたがホンモノの聖女様だったら、味方の騎士を助けるばかりか、この戦争、終わらせられるかもしれねえ。
要は〈魔の霧〉さえ出なきゃ良いんですから。
対処するより予防の方が一等、優れてるに決まってます」
「はい? どーゆうこと?」
最前線で救護活動をする気ではいたが、それも薬効果を宣伝することで〈聖女伝説〉を確かにするため。
そして、マオたち、孤児が無事に生活できるように、敵の攻勢を抑えるため。
そう理解していた。
天気がどうだとか、〈魔の霧〉どうだとかは、まるで関係がないように思うけど?
が、パーカーさんはワタシの問いに答えることなく、手綱を握り締め、馬を鞭打った。
王都の壁の外に広がる、戦場へ向けてーー。
それから一時間後ーー。
パーカーさんが馬をかっ飛ばしたおかげで、ワタシは戦場に到着した。
凄まじい揺れ具合だった。
お尻はヒリヒリ痛むし、ゲロ吐きそうだった。
けど、なんとか耐えた。
ゲロなんか吐いちゃったら、〈聖女様伝説〉が崩壊しちゃう。
(がまん、がまん……)
最前線の騎士さんに案内してもらって、王都を取り囲む壁の上、戦場を一望できる場所に辿り着く。
お尻をさすりながら、ワタシは街の外に展開する戦場を見渡した。
(わあ、マジで、ヤベェほど人が大勢……。
王都の外って、こんなに、なんもない荒野だったかぁ)
王国騎士団は、王都城壁のすぐ外で布陣していた。
一方、敵共和国の特攻部隊は、幾筋も塹壕が掘られた向こう側ーー距離にして四キロ(ワタシの適当な目算)先で布陣している。
昨晩まで、塹壕から敵兵が湧き出てきて、突撃してきたそうだ。
なんとか撃退し、敵兵を再び塹壕の中に押し込めたのは、今朝になってからとのこと。
それでも、塹壕の向こう、敵の陣地から時折、大きな砲丸が、王都城壁に向かって飛び去っていく。
一〇〇台を超える投石機を、敵軍は運んできていた。
まさに王都防衛戦の最前線になっていた。
ワタシは敵軍の様子を眺めてから、視線をすぐ横に向けた。
ワタシの横では、太った黒人のオッサンが息を切らせながらも、厳しい目つきで戦場を見下ろしていた。
「どうしてパーカーさんまで戦場に……?」
「ヒナ様だけで前線に赴いても、お偉方から邪魔に思われるだけだろ。
その点、俺様は商人として顔が売れてるからな。
こうして壁の上に登って戦場を見渡せるのも、騎士団に俺様の顔が効くからだ。
まあ、兄貴のツテってのもあるけどな」
「なるぅ。うん、ワタシだけじゃ、たしかに」
「それに〈宣伝効果〉ってやつ、俺にもわかってきた気がする」
薬や化粧品を無料配布したことが評判になり、結局は人々が買い求めて利益となった。
軍隊相手の商売も悪くない、とパーカーさんは思ったようだった。
(さすがパーカーさん、商魂たくましい!)
ワタシはパーカーさんと並び立って、戦場を見渡す。
自分の〈聖女伝説〉を作り上げるためとはいえ、いまやワタシは戦争の最前線に立っていた。




