◆56 戦禍の中で
ワタシ、白鳥雛が、王都で買物をしていたら、突然、街ごと敵襲を受けた。
大きな石の砲丸が、空から降り注いできたのだ。
でも、黄色い肌をしたワタシはもちろん、白い肌をしたマオ少年までもが市民扱いされず、王城で保護されないと知った。
ワタシは、マオと同様に国の保護対象になっていない孤児たちが心配になって、ナノマシンに命じてみた。
「孤児院の様子を観に行って。お願い!」
命じてはみたものの、当初、体感的には何の感覚もなかった。
が、しばらくして、脳裡に孤児院の様子が映り始めた。
まず、西方外れにある孤児院の本館全景が映る。
そして、そのまま視点が移動し、地下へと延びる階段へ。
ワタシにとっては、初めて見る光景であった。
(へえ。東京本社と同じで、地下があるんだ……わあ、凄い!)
孤児院本館の地下に大広間があった。
そこに孤児たちが集められていた。
戦時用の防空壕であった。
ドーム上の石壁の上の方に横に細い窓があって、そこから外からの光が差し込むだけ。
でも、安全そうな所だ。
実際、そこでピッケとロコ、その他、大勢の子供たちが遊んでいた。
時折、地上に巨石が落下する際の衝撃が伝わってくる。
が、修道女たちはいつも以上に明るく振る舞っていた。
(彼女たちも逃げたかろうに。偉い!)
ワタシが怖がって逃げてる場合じゃない。
なんてったって、ワタシは〈異世界から召喚された聖女様〉なんだから!
子供たちのためにも、戦争のゴタゴタを早く終わらせないと。
孤児の子たちは王国が保護してくれないんだから。
ワタシは改めて〈聖女様〉としての自覚を持って、意気込む。
でも、なにをどうしたらいいか、わかんない。
ふと横を見たら、不安そうな顔をした少年マオの姿があった。
頭をナデナデしながら問いかける。
「戦争を終わらせるにはどうすればいいか、マオくん、わかる?」
「わかりません。
ですが、王都を攻めてきた敵軍を撃退しなければ、騒動は収まらないでしょう」
「そうね。まずは敵さんに、あの大きな岩みたいなのを、街中に投げつけてくるのをやめてもらわないとね」
王城の方に目を遣る。
城壁の向こうの様子がわからない。
だが、味方が迎撃に出てくれていないことだけはわかる。
街の外から大きな石が飛んでくるのを放置している。
王宮の城壁がやられていない、被害は今のところ平民街だから、お構いなしってこと?
(もう。マジで、なにやってるのよ、この国のお偉方は!)
ワタシはマオから手を離し、王城を見上げる。
「ヒナ様。どちらへ行かれるんですか?」
「ワタシ、お城の王宮に行ってくるわ。
騎士さんや兵隊さんを引っ張り出すには、王宮に行かないと」
「だったら、その前にパーカー商会に行った方が良いと思いますよ。
ヒナ様だけで王宮に行っても、邪険にされるだけかも。
でも、パーカーさんがいれば、偉い方々の反応も違ってくるのでは……」
マオも、今では現実を理解していた。
ライリー神父ですら公的にはヒナ様を聖女様とは認められないのだ。
だったら、〈白い聖女様〉とやらが活躍する王宮では、なおさらヒナ様が邪険に扱われると思ったのである。
そして、それはおそらく正しい推測だろう。
「そうね。パーカーさんは王宮にも出入りしてる商人だっていうから、上手いこと取り継いでくれるかもしれないわね!
だったら、マオは先に孤児院に帰って。
みんな、地下にいるみたいだから。
ピッケやロコたち、孤児のみんなを守って!」
「わかりました。お任せください」
マオは踵を返して駆け始めた。
孤児院向かって。
(ようし、ワタシも頑張るぞぉ!)
戦禍に逃げ惑う人々。
その合間を縫って、ワタシは大通りを駆ける。
パーカー商会は大通りに面していたから、真っ直ぐ王城から離れていけば辿り着ける。
三十分後ーー。
ワタシはパーカー商会にまでやって来た。
(はぁ、はぁ……)
ワタシは息切れしながら、商会の向かいにある建物に寄りかかって、店の様子を窺った。
商会では、店員や従業員たちがせわしなく動き回っていた。
彼ら、パーカー商会に従業員たちの反応は素早かった。
巨石が飛来して来て、戦争になったと知った途端、行動を開始した。
まずは商品や財貨を、安全な場所に避難させる。
火事になったときのために、商会には大きな地下貯蔵庫があった。
王城内へ逃げる前に、出来るだけ様々なモノを地下へ運び込むのだ。
財産の避難を終えると、今度は自分の身体の避難だ。
白人の従業員は、そのまま地下で身を潜める。
市民権のある黒人の従業員は、今度は王城内へ逃げ込む準備のため、自分の荷物整理に没頭する。逃げるのはその後だ。
そうした喧騒に包まれた状態の商会館に、ワタシは飛び込んだ。
さっそくパーカーさんを見つけると、大声をあげた。
「パーカーさん!
ワタシ、これから王宮に出向くんで、サポート、お願い!」
パーカーさんは従業員たちにあれこれ指示していた最中だったようで、露骨に迷惑そうに眉根を寄せた。
「なんだよ、この忙しいときに……」
「お偉方のケツを蹴り上げてやるのよ!
軍隊を出してもらうっきゃないっしょ!?
敵に攻められっぱなしじゃないの。
市民を守るのはいいけど、騒動の元凶になってる敵の軍勢を実力で斥けないと、格好がつかなくね!?」
「それはそうだけど……騎士たちが俺たち平民の要請を受けて動くはずがないだろ」
「お兄さんがいるじゃない? 騎士のハリエットさん。
こんな混乱時だよ?
もう釈放されて、防戦協議にでも参加してるんじゃねーの?」
「その逆。ますます牢屋から出られなくなってる」
「へ?」
今までの運動が功を奏して、反王子派による隣国との講和が成立しようとしていたところだった。
だが、王都を直に急襲されて平和交渉は不可能になり、徹底抗戦を叫ぶ王子・白い聖女の勢力が、再び力を取り戻してしまった。
「え? だったら、なんで王城から、味方の騎士さんや兵隊さんが出てこないの?」
「あらかた出払ってるんだろ。
なにしろ大半は、遠くの国境線で敵軍と睨み合ってるはずだからな」
「マジ?
じゃあ、今、敵軍が街に攻め込んでいるのは、なんで?
味方の軍が突破されちゃったの?」
「わかんねえよ、そんなの。
でも、噂じゃ、南方の国境線からじゃなくて、西方からやって来た敵だそうだ。
西に面してるのは友好国で、攻めてはこない。
だから南の国境線で布陣する味方の裏を掻いて、敵の別働隊が大きく迂回してやって来たんだって話だ。
せいぜい一個中隊規模だから、たいした数じゃないが、今、王都の防備は手薄だからな。こんなことになっちまった」
なんだか、よくわかんない。
だけど、たいして多くない敵軍に攻められた状態で、王都はこれほどに混乱してるってことらしい。
「じゃあ、たいした敵じゃないから、おっとり刀で構えてるってわけ?
味方の軍隊は」
「オットリカタナ……? なに、言ってるかわかんねえが、敵の数がいかに少ないっていっても、火をかけられたら大変なことになる。
ヒナ様も、俺たちと一緒に王城に逃げ込みましょう。
さあ、はやく、はやく!」
パーカーさんは大きな手でワタシを抱え上げると、店から離れて、王城へと走ろうとし始めた。




