◆55 生命は一度でも落としたら、もう拾えないのよ!
ワタシ、白鳥雛は、美少年のマオを引き連れ、パールン王国の王都で楽しく買い物をしていた。
だが、突然、外国の軍隊からの襲撃を受けてしまった。
あっという間に、平和な街が戦場と化したのである。
買い物袋を抱えたまま離そうとしないマオに、ワタシは叫んだ。
「マオ、ヤバいよ!
さっさと捨てな!」
「でも、せっかくのお買い物を……」
「んなの、マジで、いつでも買える!
でも、生命は一度でも落としたら、もう拾えないのよ!」
「わ、わかりました」
ワタシは頭を抱えながら、マオと一緒に街中を走り回る。
空中から落下してくる巨石と、それによって崩れ落ちる瓦礫から身を避けなければならない。
ほんのついさっきまでご機嫌に買い物していた街が、あっという間に大混乱の渦と化していた。
(もう、なんなのよ。
いきなり戦争だなんて!)
本社からの連絡によると、じつは(コッチの世界の)三カ月も前から戦争になってたらしい。
けれど、ワタシにとっては、実感が湧いたのは、今現在が初めてだった。
王都の一般民衆にとっては、まさに青天の霹靂ともいえる敵襲だ。
街中では、老若男女の別なく、人々が右往左往していた。
必死の形相で逃げると同時に、それぞれのやるべきことに邁進する。
一般町民は家具や貴重品を抱え、商人たちは商品を荷物にまとめて馬車に乗り込む。
誰も彼もが、持てるだけの荷物を抱えて、王都の内壁部分ーー王城の城壁内へと移動を始めた。
王都の民衆にとって、非常事態に際してのセオリーだった。
王都の北、王城の城壁内に逃げ込んで、敵襲を避けるのだ。
もっとも、城壁内とはいっても、王城にとっては最も外部ーー外壁のすぐ裏側ではあった。
が、とりあえずは、敵の砲丸から身を避けることはできる。
王国の第三騎士団が、町民を避難場所へ誘導していく。
「へえ。街の住民は無視ってんじゃなくて、一応、助けてくれるんだ」
ワタシは少し、王国のお偉方を見直した。
ひどい身分差別社会だから、平民の命なんか無視すると思ってた。
でも、さすがに騎士さんは「戦う人」であると同時に「守る人」でもあった。
街の人々も互いに励まし合い、助け合いながら逃げていた。
街中で逃げ惑う人々が、ワタシとマオに注意してくれた。
「あんたも逃げな。危ないよ」
「すぐに王城に逃げるんだ!」
「命あってのモノダネだよ!」
どうしたら良いか当惑するワタシを尻目に、マオは決然と言い放つ。
「ボクだけ助かろうとは思いません。
ボクには〈家族〉がいるんです!」
マオにとってに〈家族〉とは、もちろん、ピッケとロコを含めた、二十人を超える孤児たちだ。
ワタシはマオの頭をクシャクシャ撫でながらうなずいた。
「ええ、そうね。いっしょに逃げましょう!」
さっそく孤児院に急行だ。
それからピッケ、ロコ、その他大勢の孤児たちと一緒に、安全な所へ避難しなきゃ。
王都にあって、戦中に〈安全な所〉はただ一つ。
向かうは堅牢な城壁で囲まれた王城へーー。
ところがーー。
銀色の鎧をまとった門番騎士が訊き咎めた。
「まさか、おまえたちのようなものが、そのまま城の中に入れると思っているのか?」
マオと走るワタシに、侮蔑ともいえる言葉が投げかけられた。
「えぇ? マジで、どーゆうこと?」
街を守り、町民たちを王城へと誘導している騎士も、吐き捨てる。
「おまえのような黄色いのは当然だが、白いのも国民じゃない。
我が王国は準国民を保護する義務はない」
緑と黒の人種しか、壁の中に入れてくれないという。
彼ら騎士から見れば、ワタシは〈黄色い肌をした気持ちの悪い女〉、マオは〈薄汚い白人の子供〉にすぎなかった。
「そんな! ボクはともかく、ヒナ様は聖女様なんですよ。
知らないんですか!?」
「聖女様!? 知ってるよ。
王子と乳繰り合って戦争をおっ始めた張本人だろ。
アレは白い女だって聞いてるぜ。
アンタのような黄色じゃない」
城壁の門番から、キツく言い渡された。
「そもそも孤児は住民登録されていない。
市民扱いにはできん。
悪いが、規約に違反する。
保護するわけにはいかん」
(マジかよ? ヤベェな。
ガチで、この国の〈住民〉ですらないんだ、ワタシ……)
〈追い払われた聖女様〉だから?
でも、納得いかない。
そもそもワタシは異世界人なんだから、住民登録されてないのは、まだわかる。
でも、どうして孤児に市民権がないの?
親がいないってだけで……!?
(でも、慌てる必要はないかも。
さすがに敵も教会や孤児院を襲うことはないっしょ!?)
敵軍が狙うのは当然、砦とか城なんだろう。
だから、そういう意味では、王城に逃げ込まないで、教会や孤児院で身を潜めていたほうが助かるかも。
実際、空から飛んでくる巨石が落下する方角は、街の中心地や王城がある所だった。
(でも、孤児院が安全かどうか、わかんない。
子供たちのことも心配だし……。
あ、そうだ。試してみようかしら)
ワタシは、ナノマシンに命じてみた。
「孤児院の様子を観に行って。お願い!」




