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◆53 チッ、ここの街にホストクラブがあったらいいのに。したら、もう、毎日毎晩、シャンパンタワーじゃね!?

 東京で、二人の上司と一人の同僚が、必死に通信回線の回復を祈っている。

 その一方で、白鳥雛しらとりひな自身は、王宮での政変どころか、この国が隣国と戦争を始めたことすら知らなかった。


 でも、大きな変化は感じていた。

 ひとつは天候。

 不穏な黒雲が、王都を覆い始めていた。

 そして、もうひとつは、自分の評価が鰻登(うなぎのぼ)りになってきたことだ。

 薬と化粧品の無料配布が評判を呼んで、大勢のお客様がパーカー商会に押し寄せるようになっていたのだ。


 このままでは、他の商品をお買い上げのお客さんの邪魔になる。

 ーーそう判断したパーカーさんは大きな腹を叩いた。


「しょうがねえ。

 お客様を少し減らすため、薬を有料にするぞ!」


 好調に売れ出してから一週間ーー。

 薬も化粧品も有料にした。

 結果、想定よりも、結構、高額になってしまったモノもある。

 それでも客足が減らなかった。


 突然の状況変化が、波のように、ヒナに押し寄せる。

 たくさんのお金が、いきなりヒナの(もと)に転がり込んできたのである。

 


「マジでパネェ。

 ヤバくね!?

 薬とか化粧品の売り上げって、教会に渡すんじゃーー?」


 あまりの成果に、ワタシ、白鳥雛が喉を震わせると、パーカーさんは腹を揺すりながら大笑いした。


「はっはは。教会には三割くれてやってる。それで手打ちにした」


 そういえば、パーカーさん、かつて言っていた。


『教会が三割、ウチがニ割、ヒナさんが五割でどうだ!?』と。


「で、ワタシには五割もくれてんの?」


 ワタシが上目遣いに尋ねると、パーカーさんは照れくさそうに頭を掻く。


「悪い。三割だ。結構、商会で入り用になってな……」


 じつはヒナの〈聖女伝説〉を流布させたり、反王子派に資金を提供したりと、パーカー商会は忙しく動き回っていた。

 聖魔法入りの薬や化粧品であがった利益のうち五割を投入しても資金が足りず、持ち出しになっている現状だった。


 でも、兄ハリエット、さらにはパーカー自身や妹エマの生命もかかっている。

 ここで手を引くわけにはいかない。

 本心をいえば、ヒナの取り分を減らすか無くすかしたかったが、これはエマの大反対を受けて実行できなかった。


「ここでヒナ様に逃げられたらどうするのよ。

 あの方はパーカー商会(ウチ)の大事な切り札なんだから!」


 となじられたのだ。

 パーカーは妹に反論できなかった。


 そういった裏事情にはまるで気づいていなかったワタシは、ゆとりをかましていた。


「そりゃそうよね。

 お店ってのは、いろいろ持ち出しがあるもんだから。

 三割でも、たいしたお金じゃね!?」


 結果、薬と化粧品が爆発的に売れて、ワタシはお金持ちになった。

 わずか一カ月(東京では二週間ほど)のことである。


 儲けたお金をベッドの上で広げて、ワタシはニンマリした。


「ガチで、異世界最高! 

 こんなにお金が儲かるなんて、マジかよ!?

 ヤベェ夢みてー」


 ワタシは、パーカー商会に設けられた自室で、金貨や銀貨を手に取って一枚一枚数えた。

 が、途中で数えるのをやめた。

 疲れたからだ。

 それほど沢山あった。

 パーカーが言うには、ワタシはもう当分は遊んで暮らせるだけのお金を儲けたそうだ。


「チッ、ここの街にホストクラブがあったらいいのに。

 したら、もう、毎日毎晩、シャンパンタワーじゃね!?」


 ワタシは、目をギラつかせて、妄想に(ふけ)った。


 それでも、客足が減らない。

 売れ行きが好調になってゆとりができ、ワタシは孤児院を訪ねては、ピッケとロコら、子供たちと遊んだ。

 他の孤児たちとも仲良くなり、おまけに修道女たちとも親しくなった。

 ワタシが〈薬と化粧品を作り、孤児院で子供と(たわむ)れる聖女様〉という認識は、確実に根付きつつあった。


(よし!『街中の聖女伝説』誕生まで、あと一歩!)


 ワタシは拳に力を入れる。


 しかし、問題が起こった。

 ゴツい男どもがパーカー商会に押し寄せてきて、他のお客さんに迷惑行為をし始めたのだ。


 言いがかりをつけてくるクレーマーを相手に、店員はペコペコ。

 クレーマーどもは、奥から顔を出したパーカーのみならず、ワタシをもギロリと睨みつけた。

 ちょっと怖かった。

 が、ワタシは笑みを失わなかった。


(ふふん、イケメンばかりだから許すわ……)


 そう。

 そのときのワタシには、それほどゆとりができていたのであった。

 悠然とヴェールを脱ぎながら、パーカーさんに問いかける。


「あのカスハラ、なんなの?」


「かすはら……?」


「いえ、あの文句言ってくるお客たちはーー?」


「ああ、あれは薬業界のヤツらが文句言って来たのさ」


 組合に幾らか金を融通したのだが、額が足りなかったらしい。

 おかげで薬を表立って販売することが難しくなった。


「商人にも(わずら)わしい協定ってのがあるんだよ。

 これからは薬だけじゃなく、化粧品も、奥の部屋で、塩の販売のように売るしかない」


 それでも、聖魔法入りの薬も化粧品も、人気は健在だった。

 連日、買い求める人が並ぶ。

 何人もの従者を引き連れたご婦人方が、何人も押し寄せる。

 嫌がらせに来た業界連中を追い出すほどの勢いだった。


「なんですか、アナタたち。

 ほんとにお客なんでしょうね?」


「邪魔よ、邪魔!

 私たちの買い物の邪魔はしないでくださいな!」


「そうですよ、大の男が寄ってたかって、みっともない!」


「家名を名乗りなさい。

 旦那(ウチのヒト)に言って、正式に苦情を申し渡しますよ!」


「ええ。ウチの旦那だって、それなりに顔が()くのよ。

 これ以上、パーカーさんところに嫌がらせするようだったら、アンタらの根城を調べ上げて叩いてもらうから、覚悟なさい!」


「そうよ、そうよ。

 お肌のお手入れは、淑女(レディ)(たしな)みなんだから。

 無粋な男は出ていって!」


 他店や組合も、さすがに目立った営業妨害はできなくなっていった。


 それでも、利害が絡むと、どうしても細かい問題は頻発(ひんぱつ)する。


 転売屋が薬や化粧品を高値で売ったり、他の薬屋が根も葉もない悪評を流し始めるなど、厄介ごとは尽きない。


 しかし、売れ行きは上昇する一方だった。


 おかげで、この段階では、パーカーもワタシも苦笑いを浮かべるだけで良かった。


 だが、好調に売れ出してから二ヶ月が過ぎた頃には、ついに商売が出来なくされてしまった。


 薬も化粧も売れていた。

 組合にも許可を取った。


 なのに、国が営業禁止を命じて来たのである。


 ドビエス王子の署名が入った書類を、王宮から役人が手にしてやって来たときには、パーカーさんも首を垂れるしかなかった。


 苦笑いを浮かべる彼に、ワタシは問いかけた。


「営業禁止ってーーやっぱり、ワタシのせい?」


「ヒナ様は悪くない。仕方ないさ」


「でも、マジで有り得なくね!?

 パーカーさんたち、これからどうやって生活していくのよ?

 大勢の従業員たちもいるんだし、大変じゃね!?

 ちょっと、あのドビエスってヤツに文句言ってこようかしら」


「やめとけ、やめとけ。

 どんだけ陳情しようと、王子の耳には届かないさ。

 なぁに、薬と化粧品を売れなくされるだけだ。

 灰や小麦、その他食料品や雑貨の販売は許可してくれてるんだから、今まで通りには商売できるから文句は言えないさ」


「……」


 ブスくれるワタシに、本当はワタシよりずっと辛いはずのパーカーさんは、柔らかに微笑んだ。


「ヒナ様は、しばらく商会(ウチ)から手を引いてくれ。

 ああ、そうそう。せっかく時間ができたんだ。

 孤児院にでも行って子供たちと遊んできな。

 あそこは教会が経営母体だし、王家の後援もあるんだから、廃止にはならないだろうさ」

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