◆49 事態も、推測も、混迷を深めるばかり……
日本東京ーー。
ここ数日、ナノマシンから、様々な映像がモニターに届けられていた。
だが、何度もモニターで異世界の映像を観ている星野兄妹であったが、今日は朝から、彼らにとっても初めての体験をしていた。
モニター画面の映像が二つに分かれ、別々の場所を映していたのだ。
「ブラウン管のモニターで映像が分割されてるなんて、なんか変……」
星野ひかりは冷汗を流す。
兄の新一も、食い入るように画面を見詰めながら、震えていた。
「こっちにあるのは受信器なだけだから、情報を送る側の仕様で決まる。
そういう意味では、おかしなことじゃないけど……」
「こんな器用なマネ、|ナノマシン(この子たち)が出来るとはね。
先代社長(お父さん)でも、知らなかったんじゃない?」
兄妹は、初めての現象に、少し怯えていた。
亡父から異世界派遣事業を引き継いだものの、仕組みがわからない謎機械を使い続けているだけだから、メカニックな不測の事態に遭遇すると、よけいに対し方がわからない。
でも、今、集中すべきは、現在、異世界に派遣している白鳥雛の安否を気遣うことだ。
モニターが映す映像は二つ。
ヒナの活動と、国境線で始まった隣国との戦争の様子だった。
音声はもっぱらヒナ側から拾っている。
おかげでヒナが薬をタダでお客に振る舞ったり、化粧品の売買を始めようとしていること、そしてハリエットが王宮内で捕らえられたことが弟のパーカーの耳に入り、立場が悪くならないよう、彼が色々と根回しを始めたのはわかった。
だが、もう一方の映像は巨石が空を飛んで防御壁を打ち砕いたり、鎧を纏った騎馬兵が吹っ飛んだり、とにかく激戦地のありようを描き出しているばかりで、コッチの王国か隣国の共和国か、どちらが優勢なのか、戦況すら掴めない。
両軍の将兵が、わああああっと喊声をあげて正面から激突する。
そうしたことが、何度も何度も繰り返されていた。
おそらく、これが日没に停戦するまで続くのだろう。
共和国軍から馬上槍を構えた騎士団が登場したりしたが、王国側の陣形を乱すのみで、大した打撃も与えないまま撤退している。
互いに攻撃する陣形を構えながら、動きがない。
疑問の声をあげたのは、途中からモニターを覗き込んできた東堂正宗だ。
「なんだか、ヘンじゃね?
隣国軍、自分の方から攻めてるくせに、何かを待っているような?
攻撃してる側なのに?
おかしくない?」
「そうだね」
星野新一も腕を組む。
共和国側の狙う戦術がわからず、首を捻る男性二人に対して、ひかりは手帳を取り出す。
「そういった軍事オタな話は、今、どうでもいいから!
ええっと、兄さん。ちょっと整理するから。
今、ヒナさんがいる王国って、何王国? 名前は?」
「パールン王国」
「そうそう、パールン王国。
ダマラス王、ドビエス王子ーーそして敵の隣国の名前は?」
「カラキシ共和国。
現在はジッチョク将軍の軍事独裁政権が支配している」
カラキシに、ジッチョク……なんだか、重みが感じられない名前だわ。
それに、そこはかとなく日本語臭がするーー。
そんなことを思いながら、ひかりは話を続けた。
「それはともかく、戦況次第ではパールン王国全体に戦禍が広がるんじゃないの?
〈魔の霧〉って、戦争被害のことだったのかしら?」
そうなのだ。
白鳥雛を〈魔の霧〉を祓う〈聖女様〉として異世界に派遣しておきながら、肝心の〈魔の霧〉とは何なのか、具体的にはわからないままだった。
だが、今、三人は、おおよその見当がついた気がしていた。
〈魔の霧〉は〈滅びの予兆〉とも言われていた。
ということは、滅びをもたらしかねない戦争被害の比喩だったのかもしれないーーと。
正宗は大袈裟に肩をすくめた。
「でも、だとしたら、おかしくね?
ヒナを押し退けて〈聖女様〉になりおおせた、あの金髪の白い女の子。
アイツ、聖女のくせに〈魔の霧〉を祓うどころか、〈魔の霧〉の原因を生み出したってことになるぞ。
とんだ聖女様だな、あの女の子。
これだったら、ヒナの方がマシだろう。
アイツはホスト狂いなだけだからな。
やったことといえば、薬や化粧品を生み出したり、シャンパンタワーを建てたぐらいで、戦争をおっ始めたりはしない」
ひかりは手帳をペンで軽く叩きながら、兄に提案する。
「ヒナさんを、さっさと東京に戻したら?
どうせ聖女様扱いしてもらえなかったわけだし。
戦争になったら、もうヒナちゃんの手に負えないんじゃない?」
「でも、依頼契約が切れてないから戻れないよ」
兄の新一は諦め口調になる。
以降、兄妹の会話が続いた。
「契約した相手はどう言ってるのよ?」
「なにも応答がない。
おそらくパールン王国の予言省長官マーロンが依頼主だろうね。
騎士ハリエットの上司にあたるお方だ」
「ああ、ハリエットってーーヒナさんを庇護してくれた緑の騎士さんね。
ってことは、現在、依頼主は軟禁中ってことかぁ」
「そう。
しかも、そのマーロンってヒト、王子と白人聖女様から、とても嫌われてるみたいだ」
「とにかく、そうした王宮事情と戦争が始まったってこと、ヒナさんに伝えたいんだけど。
伝わりさえすれば、アッチの世界で居残らざるを得ないとしても、やり方はいろいろ出てくるんじゃないの?」
「でも、通信が途切れたままなんだよ。
以前、僕がナノマシンにヒナちゃんへの通信をお願いしたら、かえって回路が切れちゃったでしょ?
おかげで、迂闊に手を出せない」
「ひょっとしてーーヒナさんが通信回路を繋げたくても繋がらない、とか?
ナノマシンが暴走してるってこと、ない?」
「ええっ、暴走!?」
事態も、推測も、混迷を深めるばかりだった。




