◆46 ええい、持ってけ泥棒!
ワタシ、白鳥雛は、日本東京から異世界に派遣されながら、お城から放り出されたので、〈街中の聖女ヒナ〉としてデビューしようと頑張ることにした。
そのために、聖女様ならではの聖魔法入りのお薬を、大量に売り捌いてやると覚悟を決めた。
ワタシが黄色い肌を露わにして、店先で大声を張り上げたからだろう。
パーカー商会に立ち寄っていたお客様に反応があった。
主に女性客が集まって来た。
やっぱり、ワタシの肌が珍しく、客引きになっているようだ。
彼女たちが物珍しげにコチラを物色する。
それでも、薬を売ろうとして失敗した先日とは、お客様の反応が違う。
敵対的な反応をされていない。
それどころか、幾分、弛緩した顔をしていた。
緊張とは程遠い様子で、明らかに〈聖女様〉を前にした態度ではない。
そして、盛大に笑われた。
「はっははは。おかしなヒトだねえ。
ほんとうにあんたが聖女様なら、王宮にいるだろうに」
「ちょっと足りないのかねえ。
パーカー商会といえば、王宮にも繋がりのある大店なんだよ。
あんたみたいなのが売り娘をしてたんじゃ、店の格が落ちてしまう」
「もっとも、ワタシら庶民には薬の効果のあるなしなんか、わかりゃしないさ。
使ったことなんかないんだから」
「馬鹿だねえ。そりゃ健康ってことだろ。
薬を飲むのなんか、臨終間近の時だけさね」
「それも、お金をしこたま貯めれたダンナだけ。
アタシら女衆は、一生涯、薬なんか飲むことないよ」
おばさんたちは、雑談に花を咲かせる。
薬を買うつもりは、まったくないらしい。
ワタシは地団駄を踏んだ。
(ああ、もう!
マジで、じれってーわ、ったく。
一度でも使ってくれれば、ワタシの薬の凄さがわかるのってのに……)
そこへひとりの男の子が、おばさん連中を掻き分け、ワタシの前に姿を現した。
見るからに、薄汚れた身なりの、貧しい子供だ。
ワタシの前にやって来たのは良いものの、モジモジとしている。
ワタシは身を屈めて問いかけた。
「坊や。どーした?
お姉さんに何か用?」
男の子は意を決したように、真っ赤になった顔をあげた。
「お母さんが病気なんだ。
薬が欲しい!」
「お金は?」
ワタシが微笑みかけると、男の子は握り締めていた手を広げる。
銅貨が五、六枚あった。
が、薬が買えるほどの価値はなさそうだ。
しかも、悪銭であることが異世界人であるワタシにもわかるほど、黒ずんで汚れた銅貨だった。
店員さんが傍らから覗き込んできて、薄汚れたコインを摘む。
「こんなんじゃ、小袋入りの小麦粉も買えないわ」
若い女性店員が首を横に振る。
でも、ワタシは、今にも泣き出しそうな男の子の両手を取った。
「いいわ!
出血大サービス!
持っていきな!」
小瓶を摘んで、男の子に手渡した。
「食前に水に混ぜて飲むのよ。
きっと効果、あるから(知らんけど)!」
男の子は怪訝そうな顔つきをする。
が、すぐさま喜色満面の顔で、薬を両手で抱え、お辞儀をして駆け去っていった。
その様子をみた、大人のお客たちの目が爛々(らんらん)と輝き始めた。
ズイッと身を寄せて来て、瞬く間に、ワタシはおばさん連中に取り囲まれた。
「ねえ、あんた!
タダなら、私にもちょうだいな。
連れ合いの調子が悪いんだ」
「アタイにも」
「私にも。ウチのダンナが近頃、咳き込んでね」
「ウチは長男の身体が弱いのよ。
さっきの子がタダで貰えて、ウチが駄目ってのはないでしょう?」
グイグイと迫り来るおばさんの圧は凄い。
薬が並ぶ棚に向けて手を振って、ワタシは叫んだ。
「ええい、持ってけ泥棒!」
その声を耳にするや、おばさんたちが、薬が入った小瓶の陳列棚に向け、怒涛の勢いで押し寄せた。
「どきな! その青いのは、私のだよ!」
「アタシは緑の!」
「腹痛に効く薬は、どれなんだい!?」
おばさんたちは思い思いに口走りながら、幾つもの薬を掻っ攫っていった。
本来、薬は、用途に応じた効能を説明して、売るものだ。
それは、わかってる。
だけど、幸い、ワタシが作った聖魔法入りの薬は万能薬だ。
素材の良し悪しで効き目を異にするが、いずれも、どのような症状にも効く仕様になっている(はず)。
ワタシは黙って、お客様たちがそれぞれ、薬が入った瓶や壺を抱え込んでいくのを見守った。
まるでバーゲン会場に群がるおばさんたちを見るような気分だった。
おばさんたちは戦利品を両手に抱えて、嬉しそうな表情をする。
知ってるよ、その顔。
タダで得した、ラッキーって顔だ。
でも、良いよ。
愛想笑いを振り撒きながら、おばさんたちは背中を丸めて、そそくさと足早に立ち去っていく。
本来、買おうとした買い物ができたかどうか怪しいが、タダで手にできた高級品を、返せ、と言われたくないから、帰路についたのだろう。
笑顔で手を振るワタシの背後に、いつの間にかパーカーさんが立っていた。
「随分と思い切ったことを……」
「いいでしょ。どうせ、もとは灰と水よ」
「いや、聖女様ならではの〈聖魔法を込めた薬〉ってとこに価値があるのに……」
パーカーさんが言いたいことは、わかってる。
あの大勢のお客の顔は、最初に薬をあげた男の子とは違う。
男の子は真剣だったけど、あのオバサンたちは、タダだから試しに手に入れただけ。
でも、ワタシには確信があった。
(ふふ。でも、そういった衝動買いが、ヤベェ沼にハマるキッカケになるってもんよ。
タダほど高いものはないってこと、マジで思い知るが良いわ)
ほーーッ、ほほほほ!
ワタシは口に手を当てて、大笑いする。
そんなワタシを見て、パーカーさんは青褪めた。
「おいおい、まさか毒をくれてやったわけじゃないよな?」
「ざけんな!
ガチのボランティアだっつーの! 今のところは、ね。
でも、これから先、あのお客さんたちには、ワタシが真の〈聖女様〉だっつー証人になってもらうんだかんね!
将来の評判を買ったと思えば、安いもんよ」




