◆45 そんなことよりも、薬よ、薬! 薬を頑張って売らなきゃ!
焦る東京本社連中とは違って、ワタシ、白鳥雛はマイペースであった。
昨晩は孤児院で宿泊し、今朝になって、マオが操る牛車に乗って、ワタシはパーカー商会館に帰ってきた。
ピッケとロコも伴っている。
パーカーさん自身はとうに昨晩のうちに帰宅していて、今朝、店頭でワタシを待ち構えていた。
「お帰りなさい、ヒナ様」
「おはよう、パーカーさん。
マジで、ワタシを呼ぶのに〈様〉は要りませんってば。
ただ〈ヒナ〉と呼んでよね。
もしくは〈大聖女ヒナ〉と(笑)。
ーーえっと、そうそう。
この子たち、今日から孤児院で引き取っていただけるようになったんで。
さよならの挨拶のために、連れてきたんです」
「そうですか。では、エマに構ってもらいましょう」
兄のパーカーの発言を受けて、エマがにこやかに微笑む。
子供たちの表情もパアッと明るくなった。
「いらっしゃい」
「わあい、エマだ!」
「エマさん。なにして遊ぶ?」
「そうねえ。ちょっと、待っていただけない?」
エマはパーカーの側に来て、頬を膨らませる。
「私にも仕事があるんですけど。
適当に押し付けないでいただけます?」
「仕方ないだろ。ヒナ様が連れてきたんだ。
今日だけだ、今日だけ」
「借りですよ。
ーーおほほ。それでは」
エマは笑いながら、子供の手を引いて奥へと引っ込む。
ワタシは苦笑い。
パーカーさんは深く溜息をつく。
「ところで、これからヒナ様は、どちらでご宿泊なさいます?
パーカー商会館か、孤児院かーーそれとも教会?」
「はい? どうして教会までが候補に?」
「ライリー神父様が、司祭館にヒナ様をお招きしたがっておいででしたので」
ワタシは首をかしげる。
「それ、ヤバくね!?
教会はワタシを〈偽聖女〉と思ってるんじゃ?」
「教皇様とか、王族の方々といったお偉方はね。
でも、昨晩の様子を見ただけでも、ヒナ様が只者ではないことは誰にでもわかりますよ」
ワタシは腕を組む。
(ワタシ、何かした?
シャンパンタワーがまずかった?
マジかよ。そりゃ、ねーわ。
ごく自然な成り行きってヤツじゃね(歌舞伎町では)?)
ワタシはコホンとひとつ咳払いして、わざとらしく話を逸らす。
「なんか、最近、ガチで天気悪くね?」
天気が悪いっていうより、段々と大気に黒い色味が増していくかんじ?
ワタシとしては、気軽な会話を仕掛けたつもりだった。
だって、ほら、天気の話って雑談の頭出しに最適じゃね?
でも、パーカーさんはいつになく真剣な顔つきになった。
ワタシの顔をジッと見詰めてくる。
「ひょっとして〈魔の霧〉がーー」
と、パーカーさんがつぶやく。
「なに?」
と、ワタシが聞き返したけど、彼は大きく頭を振った。
「いや、いい。
聖女様がこんな所で油売ってるんだから、まだ大丈夫なんだろうな。
ーーそうだよ、俺はなんだかんだ言って、ヒナ様を〈聖女様〉だと信じてるんだ。
最近、雲が黒いんだけど、大丈夫ですよね!?」
おいおい、軽い雑談に、マジで返すなよ。
ワタシは気候予報士じゃねーっつーの。
「はい? なんか、意味不明なんですけど?」
パーカーさんに釣られる格好で、ワタシも空を見上げる。
たしかに、さっきも思ったけど、大気が濃いっていうか、ここのところ、雰囲気が全体的に暗いかんじがする。
でも、いくら聖女だからって、天気はいじれないわよ(たぶん)。
マオに顔を寄せて、訊ねる。
「ちょっとちょっと、聖魔法って、天気も変えちゃう力もあったりするわけ?」
マオは少し呆れた顔になってから、柔らかに微笑んだ。
「聖女様でもわからないことが、僕にわかるはずがありませんよ」
「それもそうねーー」
「では、僕は通常の業務に入ります。
ヒナ様はおくつろぎください」
「あら。ワタシも働くわよ」
「聖女様に汗は似合いませんよ。じゃあ!」
マオはお辞儀をして踵を返し、店の奥に向かって足早に駆け去る。
あっという間に、彼は他の従業員に混じって立ち働き始めた。
ワタシは感心して、ほうっと息を漏らす。
(マオは、ガチで良い子だわ。
あと十年も経ったら、ワタシの好み、どストライク!
さてーー)
ワタシは気を取り直して、店頭の棚を見渡す。
そんなことよりも、薬よ、薬!
薬を頑張って売らなきゃ!
大勢の人を助けこそ、『聖女様、ステキ!』って崇められるはず。
それには、多くの人の病気を治してあげるのが、一番手っ取り早いはず。
すでに、ワタシが聖魔法を注ぎ込んだ薬は、瓶に詰められて店頭に並べられていた。
でも、まったく売れていない。
これじゃ、〈なろう〉に話数をたくさん載せても、あまり読んでもらえない、ポイントがぜんぜん入らないようなもの。
哀しすぎる。心が折れてしまいそう……。
しかたない。
マジで、新たな売り方を考えるしかない。
(よぉし、一肌脱ぐか!)
ワタシは売り子として、店頭に立つ決心をした。
特にアイデア豊富なわけじゃないワタシとしては〈身体を動かす〉しかない。
今まで作った薬が並ぶ棚に駆け寄せ、ワタシは腕まくりする。
他の店員(売り娘)たちが慌てた。
「そんな!
ヒナ様が、じかに店先にお立ちになられるなどーー」
「おやめください!
私たちが旦那様に叱られます」
何人もの娘たちが、ワタシの許に集まってくる。
でも、ワタシは退かない。
笑顔を振りまいた。
「〈聖女様〉ってのは、分け隔てなく、すべての人々に奉仕するもんじゃね!?
ほんと、邪魔しないでよね!
このままじゃ、ワタシ、マジでヤバいんだから!」
ワタシの本気を見て、店員たちはモジモジとして、うつむく。
「でも、お肌が……」
ああ、そーいうこと?
みなさんが言いにくそうにしている原因が、やっとわかった。
ワタシの黄色い肌が、お客様から忌避されているのを、ようやく思い出した。
それでも、ワタシは開き直って、胸を張る。
「問題なくね!?
珍しい肌だったら、逆にアピールになるかもだし。
こーいうのは、逆に派手に行ったほうが、マジ受けするかもよ!?」
両手を頬に当て、ワタシは大声を張り上げた。
「さあさあ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい!
ここに、ガチで、なんにでも効くお薬があるよ!
ヤベェんだから!
マジで、ありがたい聖魔法入り!」




