◆44 出陣式
東京異世界派遣会社では、星野兄妹と東堂正宗がいつものように、白鳥雛の異世界での活躍(?)を、モニターを観ていた。
「なんか楽しそうだね。歓迎会までやってもらって」
ひかりは苦笑い。
こんなふうに遊んでばっかでいいのかな、と思いつつも、ヒナの満面の笑みを見ていると、とても文句を言う気になれなかった。
実際、文句を言おうにも通信を切られているので、手立てはなかった。
小姑の如く苦言を呈したのは、東堂正宗だ。
「ほんと、アイツ、自分が聖女サマ役だっていう自覚ないよな。
またもや異世界でシャンパンタワー作ってやがる。
おまけにシャンパン・コールときた。
子供の住まう孤児院で、だ。
ほんとに|ホスト狂い(ホス狂)を卒業したのかよ?」
「そうは言っても、みんなが喜んでいるんだからいいんじゃないかな」
新一が鷹揚に受け応えつつ、目を細める。
「問題はヒナちゃんというよりも、もう一人の聖女の振る舞いだよ」
新一の指示に従うがごとく、モニター画像が切り替わる。
正宗が驚く。
「おいおい、またもや王宮の映像だぞ」
ヒナ子飼いのナノマシンが、王宮からの映像をもたらしたらしい。
「ヒナ(ご主人様)より、よほど職務に忠実だな。
まさかヒナのヤツが〈聖女様〉役を奪われたと認識してるのか?
だとしたら、ナノマシン(ヤツら)、相当な知性の持ち主ってことになる」
正宗は興味深そうに言うが、新一は少し不安顔だった。
「さあね。
いろんな付与や肉体改造を行なうんだから、指示に従う知性はあるはずだけど……。
でも、社会の常識とか、人の感情とかを理解してるかっていうと……。
とにかく、ナノマシンに魅了をかけるっての自体が、初めての事態だから……」
兄の発言を受け、ひかりは溜息をついた。
「そうね。
何兆といるナノマシンとの個的会話なんて不可能なんだから、知性の程度を測る術はないでしょうね……」
ナノマシンによる前例のない振る舞いに当惑するのは、ひかりも一緒だが、どこか理解を放棄する節がある。
そんな星野兄妹に、正宗がモニターを指差し、大声をあげた。
「おい、見ろよ!
また、金髪美少女の〈白い聖女様〉が、なんかしてるぞ!?」
お人形さんのような女の子ーー金髪蒼眼の〈白い聖女様〉の許に、多数の騎士が集まっていた。
戦争を前にして、近衛騎士団だけで、出陣式が行われていたのだ。
曇天の下、王城てっぺんの天守閣で、ドビエス王子が黄金の甲冑をまとって石椅子に腰掛けている。
隣には少女〈白い聖女様〉カレン・ホワイトが、緑色のドレスに銀の胸当てをつけた軽い軍装で立つ。
王子と聖女の前には、銀や白、黒の甲冑を装備した騎士団が勢揃いしていた。
縁起物を食す儀式を終え、給仕役の騎士見習いたちが進み出て、騎士たちが手にするワイングラスに、真紅の葡萄酒を注いでゆく。
全員に注ぎ終えると、ドビエス王子が立ち上がり、宣言した。
「わがダレイモス神の加護あらんことを!」
その後、みなで一気にワインを飲み干す。
そして空になったグラスを地面に叩きつけた。
パリンとグラスが砕ける音がするやいなや、騎士たちは腰から剣を抜き、正面に掲げて天に突き立てる。
ウラアーー!
ウラアーー!
ウラアーー!
三唱した後、大将である王子が剣を抜き、片手で剣を突き立て、もう片方の手で真っ黒なマントを翻す。
「共和国を打倒する。
わが王国の剣となれ!」
王子が朗々(ろうろう)とした声をあげると、次いで〈白い聖女様〉が、妖しく両眼を輝かせながら命令を下した。
「見よ、この黒き空を。
まさに凶兆。厄災の前触れ。
これを退けるのは、貴方達、王国軍将兵の他、ありません。
聖女カレンの名において命じます。
必ず、凶兆と共にある敵、共和国軍を打ち倒しなさい!」
騎士が剣を抜き、天に突き立てて呼応する。
オオオオーー!
王様も奥に臨席しているが、ボンヤリとした様子だ。
その映像を見て、東京にいる三人はそれぞれ感想を口にする。
「いかにも、心ここに在らずな感じだ。いいのかよ、王様なのに」
「王様だけじゃないわ。よく見たら、目の焦点が合ってるの、あの女の子だけじゃない?」
「騎士たちも、掛け声は勇ましいけどーー魅了にかかってるだけで、これから戦争になるって自覚がある者が、どれだけいるか……」
でも、現場にいる者はみな、不思議に思っていない。
出陣式に参加している貴族や騎士たちの目を見ればわかる。
魅了魔法にかかった者特有の雰囲気が漂う。
それでも、その魔力を振り払い、開戦に反対を表明する人物がいた。
緑騎士ハリエットだ。
「お待ちください、ドビエス王子!
他国に刃を向けている暇はございません。
〈魔の霧〉は我が国で発生するとの予言があったのをお忘れか!?
だからこそ、聖女召喚を行なったのではございませんか!」
王子は興醒めな顔をする。
「ふん。そうであったな。
予言省が〈滅びの予言〉をなしたのであった。
〈魔の霧〉がわが王都を襲う、と。
にもかかわらず、肝心の予言省長官が、出陣式に姿を見せぬではないか」
「マローン閣下は、病に伏せっております」
「『引き篭もっておる』の間違いではないか?
予言が外れたのを、恥じておるのだろう」
はははは……!
騎士団の連中が、いっせいに笑い出す。
どこか統制されたような、奇妙な笑い声だった。
それでもハリエットは、同調圧力に屈することはなかった。
「マローン閣下は、嘆いておいでです。
最近の王宮では、魔の気配が濃厚になっていると」
「ほう、隣国のジッチョク将軍のようなことを言っておる。
彼はその後、マヨイガ大統領を刑務所にぶち込んで、クーデターを成功させた。
さてはマローン閣下も、我が国を乗っ取ろうとお考えか?」
「バカな!」
騎士ハリエットが叫ぶ。
が、王子がここぞとばかりにマントを翻して命令した。
「ハリエットを捕えよ。
王家に対する叛逆だ!
度重なる利敵発言、共和国への内通者かもしれん。
マローンはそのまま自室に幽閉しておけ!」
屈強な身体の騎士に両腕を取られ、ハリエットは出陣式から退場させられる。
そのさまを〈白い聖女様〉カレンが、嘲るような笑みを浮かべて眺めていた。
「行け! 出陣だ」
王子が剣を振り上げる。
すると、
おおおおーー!
と、喚声があがった。
この鬨の声を合図に、城の内外で集められていた五万の軍勢が、いっせいに西へと動き出す。
馬やトカゲに跨った騎士団の他、大きな鳥の背中に乗って空中を飛ぶ騎士団もいる。
あとは海のごとく連なる歩兵集団ーー。
彼らが進む西の彼方には、隣国カラキシ共和国が広がっていた……。
モニター画像を目にしていた東京三人組は慌てた。
それぞれに想いを口にする。
「ヤバイ! どうするんだ!?」
「ここまで事態が進んでたとは……。
そのくせ、ヒナちゃんがいる王都の街中では、まったく戦争の話題がのぼっていない」
「ほんと、これこそ身分制社会の欠点だな。
上層部が行なっていることを、中下層民はまったく知らないんだ」
「ボケボケさせておくわけにはいかないわ。
どうやってヒナさんに連絡すればいいの!?」
気が動転する最中、東堂正宗が思いつく。
まるで新一の意向に沿って、モニター映像が切り替わったようにみえたことを。
だから、提案した。
「なんとかして、ナノマシンを動かすんだ。
さっき、新一さんの呼び掛け通りに映像が切り替わっただろ?
だったら、新一さんが今、ナノマシンに呼び掛ければ、ひょっとしてヒナとの通信を勝手に回復してくれるかもーー」
正宗の思いつきに、新一は乗った。
藁をも掴む思いで、
「おーい」
と、呼びかける。
だが、返事はない。
そればかりか、モニター映像が急にブチっと切れてしまった。
「あああ、逆効果だったか?
どうすりゃいいんだ!?」
東京で、三人の男女は頭を抱えるしかなかった。




