◆2 ほんとに異世界に来たのかよ? なんか、実感ねぇな……
俺、東堂正宗は、たいして心の準備をすることもなく、アッサリと異世界へと転移していた。
ついさっき、透明な筒状の転送機の中にいたときは、しっかり両足で立っていた。
が、白い光に包まれたかと思うと、いつの間にか、森林の只中の草原で寝ころんでいた。
(う……)
ちょっと頭が重い。
草木の匂いが濃い。
本当に異世界なのか?
俺は、片肘を付いて、のっそり起きあがり、地面を見る。
すると、円形に草が刈り込まれており、露出した地肌に、なにやら怪しい文様が、紅い塗料で描かれている。
どうやら、魔法陣かなにからしい。
そういえば、星野兄妹のどっちかが言ってたな。
東京から異世界には転送機で派遣するが、派遣先では魔法で召喚された形になっている、とかなんとかーー。
俺は、昨日受けた説明を思い出しつつ、四方に目配せする。
でも……。
ザッと見回しても、周囲に人影はない。
草木が生い茂るばかり。
(で、今現在の俺様の格好は……)
手探りで自分の身体の方々を、パンパン叩く。
いつの間にか、服装がすっかり変わっていることがわかった。
白い作務衣から、麻の上着に革製のズボンに変貌していた。
腰の革製ベルトに、剣が提げられているのだろう。左側が重い。
「どう? 聞こえる?」
ーーと、あたかも耳元で囁かれたように、声が響く。
東京異世界派遣本部の、星野ひかりの声だ。
「ああ」と俺は声を出す。
が、声を律儀に出す必要はない、とひかりちゃんは言う。
言葉を思念しただけで、音声として東京の本部に伝わるという。
「え? というと、プライベート皆無かよ!?」
と俺が思わず声をあげると、即座に返答された。
「心配しないで。思ったことすべてを拾うわけじゃないわ。
声を出すところにまで意識が昇ってきたのを、音声化するだけよ」
たとえ意識的であっても、内心での自問自答レベルは、音声化しないらしい。
つまり、俺がわざわざ意識して、
〈東京に残っている連中に、こういった内容を連絡しよう〉
ーーと思って、はじめて声が拾えるという。
ほんとか?
そんな意識の細かいところまで、ナノマシンは読み取るのかよ?
なんだか、気色悪いな。
もっとも、感覚としては、なにも感じないんだけどーー。
(で、こっちの環境は、どんな感じなの?)
俺がそう意識したら、上司である星野ひかりはスラスラと答えた。
「地球に似た大気で、呼吸に困ることは一切ないわ。
気温は、摂氏28度。
湿度は、40パーセント。
一日の時間は、32・4時間……。
心配しないで、体感は丁度良いように身体を作り変えているから。
ちなみに、現在のマサムネ君の身長は2m45㎝だから」
そう言われて、俺は思わず、
「巨人じゃん!?」
と声を張り上げてしまった。
「バカね」
と、脳内に女性の声が響く。
「それは地球、日本基準の話でしょ。
そっちの世界基準では標準なの。
これで男子平均身長より、ちょっと高いくらいよ」
ふうん。
そうなのか。
俺は独りで合点する。
しかしそれにしても、体感を調節するには、神経組織も変えなきゃいけないだろうし、身長までも自在に変動させるってことは、骨格や内臓まで変化させてるってことになる。
(ナノマシンによる調整ってのは、そこまで出来るのか……)
素直に感心する。
しかも、〈変容〉したのは、そういった外見や肉体的なものだけではないらしい。
目に見えない能力も大きく変容させて、異世界へ肉体的に適応させているそうだ。
そればかりか、精神の上でも、適応過剰というかーーチート能力まで付与しているという。
派遣先の世界で困らない程度の、言語能力や身体能力、免疫耐性もついている。
加えて、ナノマシンが完全に体内に巣くっているので、毒耐性や麻痺耐性もついており、そうそうのことでは物怖じしない恐怖耐性までがついている、とのこと。
俺は自分の首や腕をゴキゴキと鳴らしつつ、東京本部に向かって問いかける。
「ここまで身体を変化させてるのに、ほんとに体内だけでエネルギーが取れるもんかね?」
人間体内の電磁波なんて、ごく微量なはずなのに。
ナノマシンが優秀すぎはしませんか?
ほんと、不思議だ。
すると、初めて男性の声が脳内に響いた。
「転送スタート前に、じゅうぶんエネルギー源を採ってるんだ。
そこらへんの演算も、機械が自動的にこなしてるんだよ」
雇用主・兄の星野新一の声だ。
彼も俺の動向を監視しているらしい。
(ふうん。まったくもって都合が良くて結構なことで)
俺はゆっくりと深呼吸する。
たしかに、異世界に来たっていうのに、地球上で海外旅行に行ったときよりも体感的に違和感がない。
大きく息を吸い込んでも、問題ない。
空気がおいしいだけだ。
「良かった。なんの問題もなく、異世界に来れた。
あとは任務に集中だ」
「そうね。緊張しないで。
慌てなければ大丈夫だから、冷静にね」
ひかりの声が脳内に響く。
「そうだな。
実際に異世界に来といて、後でゴチャゴチャ言うのは男らしくないな。わかった」
俺は自分の頬をパンパンと叩く。
俺自身の意識の中に、注意を向けた。
〈変容〉後の自分がどうなっているのかーーそのことを正確に把握することが、まずもっての急務であった。




