◆37 重たい空気から、新たな商機へ!
ワタシ、白鳥雛は、居候になっているパーカー商会の二階に降りて、居間に入る。
ダイニングテーブルには、店主であるパーカーさんが座っていた。
彼は急いで立ち上がり、ワタシの椅子を引く。
「お待ちしておりました、ヒナ様」
彼の義足を聖魔法で動きやすくして以来、パーカーさんは丁寧な言葉使いで喋るようになってしまった。
いまだに慣れない。
「ヒナ様はやめてよ」
椅子を引いてもらいながら照れると、パーカーさんはより深々と頭を下げる。
「いえ、聖女様には、やはり〈サマ〉を付けないと。
昨晩はぐっすり眠れましたでしょうか」
「ええ、おかげさまで」
「それは、よかった。
おまえたちもよかったな。
本当なら街中で夜風に震えているところだ。
感謝しろ」
パーカーさんが子供たちの方を向き、大声をあげる。
すると、驚くべき光景がワタシの目に飛び込んできた。
なんと、幼児の兄妹二人が椅子に座ろうともせず、床に手を付き土下座していたのだ。
「ありがとうございます、ダンナさま」
「あーがとござます、だんなさま」
ピッケの言葉に従って、ロコが復唱する。
子供たちを含め、この場にいるすべての人たちとって、当たり前の仕草だったようだ。
けど、ワタシは驚いた。
(ヤベェ、マジかよ!?
いたいけな子供を、床に這いつくばらせるなんて!)
これが身分差というやつだろう。
こっちの世界の常識なのだろう。
が、さすがに腹に据えかねた。
「パーカーさん、やめさせて!」
ーーと怒鳴ろうとするより先に、パーカーさんがさらなる大声を張り上げた。
「バカもの!
おまえたちが頭を下げるべき相手は俺じゃない。聖女ヒナ様だ。
ヒナ様がおまえらを泊まらせるようおっしゃられたから、ベッドを貸してやったんだ」
その声を聞き、幼児二人が泣きそうな顔をして、ワタシの方に顔の向きを変え、今にも土下座しようとする。
ワタシは慌てて席を立つ。
「やめてよ。いいから、椅子に座って。お願い。
一緒にご飯、食べましょ。ね?」
ピッケとロコは、今度はパーカーさんに目を遣る。
パーカーさんがムスッとした顔つきで頷くと、子供たちは慌てて椅子によじ登るようにして座った。
「さあ、いただきましょう」
ワタシはみなに声をかける。
せっかくの朝食なんだ。
気分を変えようよ。マジで。
実際、食卓の雰囲気は最高だった。
窓から朝日が差し込んで、花瓶に活けられた花を照らしている。
静かで、のどかな朝のひととき。
パンの香りが、食欲をそそる。
「おいしいそー。いただきまーす」
手を合わせてワタシが言うと、ピッケとロコも真似して同じように手を合わせ、
「いただきまーす!」
と大声を上げた。
パーカーさんは少し驚いた顔をしたが、すぐに普段通りになった。
テーブルの上には、朝食が彩りよく並んでいる。
サラダ、スープ、卵料理、ハムとソーセージ、数種類のチーズ。
そして、黄金色の焼きたてのパンーー。
パーカーさんが裕福な商人だから、こうした食事ができるんだろうけど、ほんとに異世界とは思えないぐらい、現代日本の洋風モーニングと似たようなラインナップだ。
もちろん、パンが異様に固かったり、塩気が薄いとかの味の相違はある。
が、それだけだ。
パーカーさんはソーセージを頬張りつつ、語りかけた。
「ヒナ様の国では、食事前に挨拶をするんですね。
『イタダキマス』ーーだっけ?
わが王国にも食前のお祈りがあって、『命の恵み、我のもの』と言うんですが、意味が似ているようですね。
もっとも、この祈りを唱える者は、今では教会関係者のみになってますが」
パーカーさんは頬を掻きながら苦笑する。
ワタシもパンを美味しくいただきつつ、感想を口にした。
「うん。マジで文化の違いって面白いっス!
いろいろ違ってんだけど、そこが良いっていうかぁ。
かえって同じところに目が行っちゃうっていうか?
コッチの世界の色彩センスや服装、女の子の美しさ、みんなワタシがいた世界とは違うんだけど、同じようにセンスあるっていうか。
ーーでも、正直、お肌に入墨で模様を付けるってのにはビックリした。
あと、せっかく肌がみんな綺麗なのに、碌にお手入れされてないってのも、勿体無いって思った。
ほら、見てみ?
化粧水とクリーム付けたワタシのお肌、つやつやっしょ?
ピッケとロコも、お肌ピカピカだね!」
パーカーは幼い兄妹の顔を見た。
「ふむ。
たしかに、血色も良くなって、道端に捨てられていた子には見えないな。
たった一日で、こんなに変わるものか」
ワタシはドヤ顔で、胸を張った。
「そりゃそうよ。
ご飯食べて栄養をたっぷり摂ったら、あとはお手入れしてバッチリ。
いくら厚化粧してても、ナイトのお手入れはキッチリするもんよ。
それは、キャバでもホストでも同じじゃね!?
ボディークリームでマッサージをして、ぐっすり眠るの。
そしたら、ほら!」
ワタシは笑みを浮かべ、両手で頬を擦る。
それを見て、ピッケとロコも嬉しそうに真似して、両手で頬をこすりながら、
「ツルツル!」
「ピカピカ!」
などと口走る。
ワタシから聞いた、潤いある肌の形容表現をして、はしゃいでいた。
それまで黙って控えていたエマが突然、声をあげた。
「旦那様。提案があります!」
ワタシも子供たちもビックリする。
一方で、パーカーはやっぱり、という半ば諦めた顔をしながら、
「そうか。
おまえも、そのケショウスイとかくりーむってやつ、売れると思うか?」
と吐息を漏らす。
エマは大きくうなずいていた。
「はい。女性なら誰でも、一度使ってみればわかると思います。
これは手放せないモノになると。
ウチの商会に莫大な利益をもたらすはずです!」




