◆35 今は限られた範囲だけど、ヒナちゃんも聖女扱いになってるから、朝シャンがアッチでも広まるかもしれない。
東京異世界派遣本部では、星野兄妹、東堂正宗がいつものように、モニターを見ていた。
バイトの白鳥雛が〈聖女〉として異世界に派遣されながら、街中の商会で売り娘をしたり、薬を作ったり、捨て子だった幼い兄妹を拾ったり、挙げ句の果てには、お風呂に浸かって、シャンプーやクリーム、化粧水などを、聖魔法で精製するさまを観てきた。
星野ひかりが手帳を広げながら、呆れ声を出す。
「ヒナさん、聖女サマだからって、聖魔法を使いまくりね」
すると、東堂正宗も同意しつつ、疑問を呈する。
「シャンプーとか化粧水とかクリームとか……そういうモンを作る魔法だったのか、〈聖魔法〉って。ほんと、効果の幅が広すぎないか?」
そもそも化粧品に需要がある世界なのか、と星野新一は首を捻る。
「街中の人々に、化粧してる人なんて、いたかなぁ。
黒人も緑の人も、紋様みたいなペイントを手足や顔にしてなかった?」
「アレ、入墨じゃないのか?」
という正宗の推測を耳にして、ひかりは手帳に目を落とす。
「過去に派遣したときの記録を調べたんだけど、あれ、水で落ちにくい塗料で描くみたいね。
アッチの世界じゃ、スッピンにペイントすることが化粧ってことになるみたい」
が、正宗は納得しない。
「でも、誰もがペイントするってことじゃないだろ?
王宮の連中は、綺麗な緑色の肌だけだったぞ。
紋様なんてつけてなかった」
「そうね。身分が高い方が、肌に何も塗らないみたいね。
化粧は、地球みたいに、女性がするものってことじゃないみたい」
ひかりは異世界ならではの文化的相違と捉えていた。
やはり、ヒナが派遣された場所は異世界なのだ。
化粧の有無だけでなく、美意識自体が違う可能性が高い。
「そんな世界に、洗顔や洗髪の文化を持ち込んだんだ。
今は限られた範囲だけど、ヒナちゃんも聖女扱いになってるから、朝シャンがアッチでも広まるかもしれない」
星野新一は腕を組む。
兄のまとめを受けて、妹のひかりは話題を変えた。
「それにしても、凄い自由度ね、聖魔法って」
「ほんと、ビックリだぜ」
正宗も素直に感心する。
思いのままの効用を、物体に付与できるみたいだ。
ヒナが駆使する〈聖魔法〉には疑問が尽きない。
「でも、どの程度、裁量が利くんだろう?
灰を薬に変えちまうほどなんだからなぁ。
小麦粉を火薬に変えるぐらいの滅茶苦茶も、できるんだろうか?」
数々の疑問はあれど、誰にも答えられそうにない。
「相変わらず、ヒナさんの動向だけではわからないな」
「しかも、アイツ自身の意見を聞いたところで、あまり参考にならないだろうし……」
「そうそう。ナノマシンも変な働き方するよね」
またもや話題が変わり、今度はナノマシンについてになった。
「うん。
ヒナのやつの意志を無視して、勝手に王宮内を映すばかりか、聖女役を奪った金髪美少女が淫らなさまを、ヒナや俺たちに見せつけたりして……。
ーーやはり、ナノマシンのヤツら、明確な意志を持っちゃったんじゃない?
俺のときには、ナノマシンにそんなかんじはなかったけどな」
正宗のつぶやきを機に、三人が三人とも、推測を語り合った。
「やっぱり、ヒナちゃんの魅了魔法が、ずっと効いてるんだろうか?」
「ああ、どうせなら、もっとヒナのヤツが上手く使いこなせたらな」
「それはそうと、まさか人間の幼児を拾うとは思わなかったわね」
「アイツが子供の世話をするってーー結局、暇だから遊びたいだけじゃねえの、自分が」
「第一、自分の宿泊先ですらままならないのに、子供の面倒をみようってーー舐めてるわね、育児を」
「舐めてるってよりは、無知なんだろうよ」
「ガールズバーの店員なんて、オッサンをあやすのが仕事だから、子供をあやすのも似たようなもんと思ってるのかな」
「そりゃ、〈おっきなお友だち〉を相手にするよりは、可愛いもんな、幼児は」
星野新一は、肩をすくめつつ総括する。
「まあ、聖女としては、これはこれで良い方向に進んでいるってことで」
ひかりも苦笑いを浮かべつつ、同調した。
「本当ね。孤児の世話をするし、ちゃんと異世界では、役にたつ人になってるわ」
東堂正宗も嫌味を言いつつも、認めるしかない。
「こっちの世界じゃ、ホスト狂いのクズ女だけどね」
ひかりがペンで手帳をトントン叩きながら、ヒナを弁護する。
「また、そういうこと言う。
本人は『もう卒業した』って言ってるんだし。
今は派遣先で頑張っているんだから、暖かく見守ってあげようよ」
正宗は大きく伸びをしながら、本当のところを口にする。
「暖かく見守るってーーどうせ通信、向こうで切ってるんだろ?
見守るしかできないんじゃねえの。東京にいる俺たちとしては」
星野兄妹は、苦虫を噛み潰したような顔をするしかなかった。




