◆ 34 異世界だろうと、お肌のお手入れは必要です!
王都のパーカー商会の三階に、ワタシ、白鳥雛と、幼い孤児の兄妹のための部屋が用意されていた。
明るい色調のゲストルームで、二十畳もの広さがある。
大きいベットがある部屋だけど、それだけじゃなかった。
家政婦のエマさんが気を利かせて、たくさんの香油や牛脂、塩や灰、小麦粉など、様々な素材が入った器を、たくさん集めてくれていた。
あとは〈聖女様〉らしく、聖魔法を駆使して基礎化粧品を精製するだけだ。
(この街から〈聖女伝説〉を広めてくんだかんね!
マジで、コッチの女性たちの希望に応えなくっちゃ!)
ワタシが腕まくりして、まず考えたこと。
それは、華美に見せるための、白粉めいた化粧品は、一切作る必要はないってことだ。
もちろん、ワタシ自身、歌舞伎町のガールズバーで働くときは、キャバ嬢ほどじゃないけど、派手に着飾り、化粧もそれなりに厚くする。
キツめの白粉をつけ、口紅はもちろん、アイシャドウやアイコン、付けまつ毛、付け爪なども付けて、オッサンの気を引く努力をした。
いわゆる、営業メイクってやつだ。
でも、風俗嬢のメイクにだって、〈仕事モード〉と〈自宅モード〉がある。
一日中、厚化粧をしていることは、お肌に悪いのだ。
それに、そもそも、この世界にはケバい化粧は必要ない。
コチラの世界の女性は、スッピンがほとんどだ。
化粧していたのは、王宮の貴族男性ぐらいだった。
だから街中では、厚化粧の需要は女性ですら、ほとんどないだろう。
第一、緑や黒の肌にあう化粧はどんなものか、コッチの美観もわからないから不安だ。
でも、化粧水やクリームだったら、どんな肌の人にも必要に違いない。
荒れた肌よりは、潤いがある方が良いっていうのは、万国共通ーーいや異世界共通だと信じたい。
女性にとって、『お肌の健康を保つ』ことは、『オトコに媚を売る』ことよりも、遥かに重要なことだ。
だから、ワタシを〈聖女様〉と信じてくれる女性たちにもたらすものーーそれは、おやすみ前に必要な、お肌のお手入れ化粧品だ。
〈聖女様〉がもたらす文化として、相応しいモノなんじゃね!? とマジで思う。
ワタシが頭に思い描いたのは、日本で見慣れた、お風呂上がりやおやすみ前の、軽い化粧品ーー化粧水、乳液、クリームといった類だ。
まずは、化粧水を作ろう。
すでにシャンプーと入浴剤が作れたから、なんとかなるはず。
ーーと思ったので、さっそく水を綺麗にして、精製水を作る。
その水に、ガッツリ、聖魔法を込めた。
ヒアルロン酸のような、保湿成分をつけるためだ。
それから、肌が荒れないよう、バリア機能を高めるための成分を、牛脂と灰に聖魔法を込めて作ってみる。
それに、さらに馬油を加える。
そして今度は、クリーム作りだ。
固形油分を多めにして、牛や羊の乳、そして塩を混ぜて、最後に聖魔法を叩き込んだ。
あと最後に、作ったのは香油だった。
ぶっちゃけ、アロマオイルってやつね。
向日葵みたいな花のほか、菜種やオレンジっぽい果物の皮、ラベンダーっぽい植物の葉っぱや根っ子から、油を絞って精製した。
そして、こいつを原液にして、オリーブや米みたいな植物油に加えると、マッサージ用の油になるはずーー!
ワタシは、バンバン聖魔法をかけまくった。
(こんなもんじゃね!?)
ワタシが額の汗を拭ったときには、すっかりスキンケア用の基礎化粧品が出揃っていた。
きっと将来、コッチの女性は、これらの化粧品を使って、身だしなみを整えるようになっていくだろう。
ワタシの聖魔法入りのモノが手に入らなくなっても、モデルさえ出来れば、複製したり真似したりして、独自の進化を遂げていくはず。
コッチの世界の化粧品、爆誕! ってわけよ。
スゲエじゃん、ワタシ!
「せっかくだから、出来たモノ、全部使わせてもらうかんね!」
幼い兄妹のいるダブルベッドに、化粧品の数々を持って行った。
「ねえ、どれがいい?」
クリームの瓶や、化粧水、乳液の瓶を見せられて、ピッケとロコは、興味を持った。
「これ、なあに?」
そこで、ようやく気づいた。
幼児にとって、化粧なんぞお呼びでないと。
(でも、でもーーこの子たちには、こーいったもんが必要よね。うん!)
ピッケとロコの肌は、荒れてガサついていた。
艶も光沢もなく、血色も悪かった。
もっとも、聖魔法入りの入浴剤やシャンプーを使ったお風呂に入った後だから、今はまだましだ。
けれども、最初に会ったときは、全身が汚れていて、据えた臭いがしていた。
その臭みを、取り切れてはいない。
「じゃあ、ヒナ姉さんが教えてあげる」
聖魔法を込めた、バニラの香りがするクリームを手に取った。
指先にたっぷりとクリームをのせ、ロコの顔に優しく塗ってあげた。
「わー、ヘンなにおい!」
コッチの世界には、バニラの香りなんて、ないのかも。
でも、素肌の体臭が好みじゃないのは、どの世界でも共通だろう。
現に、ロコは目を閉じて、おとなしく顔をマッサージされている。
荒れた肌に染み込むように、クリームが肌をなめらかにしていく。
「ヒナ姉さん、ボクにもやって!」
ピッケが顔を突き出した。
「待っててね。次やってあげる」
楽しみながら、次々とクリームを取り出す。
というより、コッチの世界における精製の甘い油を手に落とすそばから、聖魔法で蜜蝋を創り出して、クリームを生み出し続けた。
リップクリーム、ボディークリーム、ハンドクリームーー用途に合わせて、日本製クリームの使い心地を頭に思い描きながら。
「うん。聖魔法入りのクリームってのも、良いんじゃね!?
香りも好みで作れるし。ワタシ、マジで気に入ったわ。
〈聖女様〉になるってのも、悪くないわね」
ほんと、聖魔法は万能だ。
ワタシが思い描いた通りの化粧品が、どんどん生み出されていく。
しかも、どれも、つけ心地も良く、香りも良い。
幼い兄妹、ピッケとロコに、たっぷりクリームをつけてあげて、丁寧にマッサージをしてあげた。
気持ち良くて、リラックスしたらしい。
幼い二人は、すぐさま寝息をたてて、眠ってしまった。
(無理もないかぁ。
疲れがドッと出たんだろーな。
そりゃ、道端に捨てられていたんだもんなぁ……)
幼い兄妹にたっぷりクリームを塗ったあと、ワタシ自身も急激に睡魔に襲われ、そのままベッドに横になって、ぐっすりと寝込んでしまった。




