◆33 異世界だろうと、美味しい食事は必要です!
パーカー商会の浴室は、二階にある。
その同じ階には、居間もあった。
湯上がりのワタシ、白鳥雛は、ピッケ、ロコと一緒に、家政婦たちによって居間に通された。
彼女たち、エマを中心とした家政婦たちは、水色を基調としたお揃いの服に、薄桃色のエプロンを掛け、勢揃いして壁側に立ち並んでいる。
すでに作業を終えたのだろう。
彼女たちを代表するエマだけが給仕をするらしく、紫色の美しい髪を靡かせながら、無駄のない動きをしていた。
とても、有能な人だ。
テーブルには、軽食とジュースが用意されていた。
「どうぞ、お召し上がり下さい。
その後、少し休まれるといいですよ。
三階のお部屋に、ご案内いたします」
三階には、客人が泊まるゲストルームがある。
ワタシ用に大部屋を一つ、ピッケとロコの二人に小部屋が一つあてがわれていた。
でも、五歳児と三歳児だけで眠るのは心許ない。
ワタシが子供たちの面倒を見ると訴えたら、
「聖女様にそのようなことは……」
とエマは抵抗する。
が、押し切った。
「ありがとう。エマ。
お世話になるね!」
子供たちと一緒の部屋で寝る。
そうした約束を取り付けて、ワタシは満面の笑みを浮かべた。
さて、食事だ。
お風呂上がりで喉が渇いていたので、まずはジュースを飲んだ。
味わったことのない、果汁でトロリとしていて、甘味と酸味が程よい加減だ。
「おいしくなかと、これ!?」
思わず博多弁丸出しで、おかわりを要求した。
それでも、〈世界言語〉の能力によってか、ナノマシンが正常に働いてくれたからなのか、とにかく意味が通じるようで、エマがにこやかに、大瓶のジュースを運んできてくれた。
「モミーという果物の果汁でございます。
この時期にしか獲れないのです。
気に入っていただけて、嬉しいです」
ピッケとロコも、ワタシの真似をして、おかわりをした。
幼い兄妹も、喉を鳴らしてゴクゴクと果汁を飲み干す。
みなで、お皿に載せてある食べ物を食べた。
サンドイッチというか、ハンバーグが挟まれていないハンバーガーといった食べ物だ。
エマさんによれば、〈ブッチ〉と呼ばれる料理だそうで、一般に広く出回っているらしい。
「それでも、これは特別製です。
これほど豊かな食材で作られたのは、聖女様に召し上がっていただくからこそですよ」
と興奮しながら、エマは答えてくれた。
「じゃあ、エマさんも、このブッチを作ってくださった料理人も、一緒に食べましょう」
「えっ!? それは畏れ多い。そんなこと」
「こんな子供も一緒に食べるんだからさぁ?
良いんじゃね!?」
エマは躊躇したが、意を決して料理人を呼んできた。
カチンコチンに固まっている若いコックと一緒に、エマもワタシの対面で席に着いた。
ブッチという料理が、目の前にある。
切り込みが入れられた硬めのパンに、ハムやチーズ、葉野菜がたっぷりと挟まれていた。
酸味と甘みのある、濃厚なソースがかかっていた。
「では、両手をあわせて。いただきます!」
「??」
こちらでは、食事前の挨拶がないらしい。
豊穣の神に祈ることはあるが、それは祝いの席でのみだそうだ。
「これは食事をいただく前に唱える、ワタシの故郷の風習です。
食べ物に感謝するお祈りです。
さあ、ご一緒に。
いただきます!」
「イ、イタダキマス……」
黒人コックと家政婦代表のエマさんが、ぎこちなく両手を合わせる。
ピッケとロコも当然、ワタシの真似をして手を合わせて復唱する。
それからは、ほとんど無礼講だった。
ピッケとロコのような幼児だけではなく、エマたち大の大人も、結構、雑に〈ブッチ〉のみならず、他の肉や野菜も手掴みで食べた。
〈聖女様〉との会食でこうした振る舞いなのだから、あまり作法にはうるさくない世界のようだ。
〈ブッチ〉は、とても美味しかった。
ピッケもロコも、残さず食べた。
よほどお腹が空いていたようで、ピッケなどは三つも食べた。
「あ〜。おいしかったね。お兄ちゃん」
「うん」
子供たちは、満腹になったお腹をさすった。
そんな姿を見ていると、ワタシまで少し眠くなってきた。
「じゃあ、おねんねしようね」
三人で三階まで階段を上がる。
三階で用意されたゲストルームは、二十畳くらいの大きさだった。
壁紙や床が明るい色調で配色され、居心地の良い空間になっている。
ホテルのスイートルームを思わせるような造りだ。
ダブルベッドで、ワタシと幼い兄妹が寝るには十分な広さだった。
「ずいぶんと、豪華なお部屋じゃね?
こんな部屋で暮らせて嬉しい。
マジで、異世界最高!」
ワタシは夢中になって、部屋の中を歩きまわった。
いつの間にか後ろに控えていたエマが、
「何か、必要なことがありましたら、いつでもお呼び下さい」
と言って、退室した。
彼女がいなくなった後、改めて洗面所の棚に並べられている様々なモノに目を輝かせた。
「うあ〜。ガチでいっぱいある。
どれから魔法をかけようかぁ?」
エマが気を利かせて、たくさんの香油や牛脂、さらには塩や灰、小麦粉、その他、怪しげな粉が入った器を、たくさん集めてくれていたのだ。
(エマって、とても気遣いのできる人ね)
ワタシは心の底から、エマを称賛した。
彼女はブッチを食べている最中、
『せっかく聖女様のお世話をさせていただきますからには、存分に聖なる魔法を使っていただき、満足していただきたく存じます』
とか言っていた。
別に聖魔法を使いまくりたいわけじゃないけど、〈聖女様〉というのはそういうもの、と思われているらしい。
(この街から〈聖女伝説〉を広めてくんだかんね!
マジで、コッチの女性たちの希望に応えなくっちゃ!)




