◆32 〈聖魔法〉こそ〈ザッツ・魔法〉ってかんじだよね!?
ワタシ、白鳥雛は、派遣先の異世界で、お風呂グッズと基礎化粧品の精製に成功した。
あとは、現地の人々ーー特に女性たちに、実演して使い方を教えるだけだ。
まずは洗髪剤からーー。
「これ、シャンプーって言うんだけど、スポンジか布に浸して身体を洗うわけ。
髪の毛にこうしてーーほら、泡だったでしょ?
よく泡を立ててから、お湯で流すの。
こーすれば、取れにくい髪の汚れも流れ落ちて、芳しい香りが残るでしょ?
あと、湯船には、入浴剤をいれておくから。
お湯も滑らかになるし、温かさがずっと残るしぃ」
ワタシが、自らの身体を用いつつ説明する。
すると、家政婦長のエマさんは熱い眼差しで見詰めつつ、大きくうなずいた。
「しゃんぷ……ニュウヨクザイ……。
いろいろとわからないですが、〈論より証拠〉と言いますからね。
せっかく聖女様のお世話をさせていただきますからには、存分に聖なる魔法を使っていただき、満足していただきたく存じます」
よかった。
気にってもらえてーー。
え? ちょっと待って。
こっちにも「論より証拠」って言葉、あるんだ?
これって、日本のことわざじゃないの?
ひょっとして、違うのかな。
似たような言葉がコッチにもあって、ナノマシン(ナノちゃん)がうまく訳してくれたのかな?
「ほんとに、この子たちは幸いでしたね」
ワタシが湯船に浸かるのを確認した後、エマは立ち去り際に、ロコの頭を撫でた。
ロコも嬉しそうに笑顔を浮かべている。
「大人の黒人女性から優しくされたのは、初めてかも……」
と兄のピッケは、つぶやいていた。
「よかったね。ロコ」
それにしてもーー。
ワタシは自分の両手を開いて、見下ろす。
(ワタシが願った性能に、モノが変化していくなんて。
ガチでヤバくね!?
〈聖魔法〉こそ〈ザッツ・魔法〉ってかんじだよね!?)
ふふん、マサムネのヤツ、羨ましがってるだろうな……。
ああ、でもあの単純バカは、攻撃魔法ばかり欲しがってるから、聖魔法のスゴさがわかんないかも。
などと思い巡らしていたら、東京から三人の男女がコチラを覗き見している可能性に思い至った。
急に、顔が真っ赤になる。
(ーーひっ、ヤバくなかとね、この図は!?
あっ、ここからは映さないでよ、ナノちゃん!
正宗に、ワタシの裸を見せたら、承知しねーかんな?
これから、ワタシ、お風呂に入るんだかんね!)
思い起こせば、スキンケア用品を聖魔法で作る前にも、素っ裸になって入浴していたから、今更ではあった。
が、ひょっとしたら、東京のモニターで観られてるかもしれないと、今、気が付いたんだから仕方ない。
ちょっと、頬を膨らませつつ、子供たちに声をかけた。
「さ、お湯に浸かるわよ。ピッケ、ロコ」
二人の幼子はすでに湯船から出て、互いにお湯をかけて遊んでいた。
コッチの世界では、高位貴族にしか許されない、あり得ないほどの贅沢な遊びだ。
でも、おかげで、のぼせないで済んでいた。
「はぁい」
「水浴び嫌いだけど、ヒナお姉ちゃんと一緒だから、我慢する」
湯船に入浴剤を入れると、乳白色の湯になった。
オレンジやレモンの果皮も加えたけど、エマが摘んできた白百合を主成分とする入浴剤だ。
(なるほど。お色的には、オレンジより白百合の力が優ったってわけね)
でも香りの中に、オレンジとレモンがしっかり感じられた。
そして後からゆっくりと、淡い百合の花の香りが、湯気と共に立ち昇る。
「わ〜、良い香り!」
幼い兄妹も同時に、深呼吸した。
「まず、身体を洗おうね」
二人を座椅子に座らせた。
湯船から手桶でお湯を掬って掛けると、二人は驚いていた。
「うわー! 温かい」
「ほんとだー! つめたくなくてイイ!」
ピッケとロコは、口々に喜びを表した。
ワタシは驚いた。
「じゃあ、いつもは水で身体を洗っていたの?」
ピッケが答えた。
「うん。そうだよ。
十日に一回くらい、水浴びしてた。
井戸端か、夏は川で身体を洗った」
ロコも、たどたどしく言葉を発した。
「あたい、水あび、キライ。
でも、おゆ、きもちちいい。スキ」
ロコがお風呂を嫌っている理由が、わかった気がした。
今日から彼女も、入浴を嫌わないだろう。
ピッケとロコの髪と身体を、丁寧に洗ってあげる。
オレンジの香りのシャンプーは、二人にも好評だった。
何度も「いい匂い」と口にしては、はしゃいでいた。
ワタシ自身、湯船に浸かると、柔らかい百合の香りに癒された。
乳白色の湯は、肌をしっとりさせ、いつまでも湯に浸かっていられる気がした。
こうして、ワタシは心ゆくまでお風呂を楽しんだ。
お風呂から、上がって脱衣所に行くと、真新しい部屋着がそれぞれの籠に入っていた。
エマが用意してくれたようだ。気が利いてる。
「あ〜、サッパリしたね」
ピッケとロコに、ワタシは話しかけた。
「うん。気持ち良かった」
「ロコ、いい匂いになった!」
ロコが自分の腕を、クンクンと嗅いで笑った。




