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◆1 ハケンのお仕事、開始!

 俺、東堂正宗(とうどうまさむね)は、初めて泊まり込んだ部屋で、目を覚ました。


 「う〜〜ん、今、何時頃だろう……」


 敷き布団の横に置いていたスマホを覗くと、朝の六時だった。

 俺は軽く伸びをして、カーテンと窓を開ける。


 空は抜けるように青かった。

 窓から外に目を()ると、まだ朝早いのに、もう人々が動き始めていることがわかる。

 窓を開けて顔を出すと、様々な音が耳に飛び込んでくる。

 自動車が排気ガスを出す音。

 東京駅で電車が動き始める音。

 バイクが何かを配達する音。

 ーーそれらの雑多な音に混じって、時々、人の声も聞こえてくる。

 スマホで話しているのか、朝から元気が良い。


 俺は窓から身を(ひるがえ)し、グシャグシャと頭を()く。


(う~~寝不足だ……)


 昨晩は興奮して、眠れなかった。

 それも当然だ。

 今日、俺は異世界へと旅立つことになっているのだ。


 異世界だよ。

 異世界!


 しかも、〈転送トラック〉に跳ねられたりして死ぬんじゃなくて、生きたまま異世界へ行って、しかも帰って来られる。

 そういうことになっている。(一応、理論的には死んでから、再構成されるわけだが)


 昨日、面接を受けてから、すぐさま、このボロアパートみたいな木造社屋の二階で、一部屋間借りして、住み込みを始めた。 東京駅の裏手にあるなんて、立地最高だね。


(じつは地下に広大な敷地が広がっているんだがーー。

 そういえば、八重洲地下街とかぶってないか?

 考えてみれば不思議だ……)


 そうそう。

 (かぶ)っているといえば、俺の部屋もそうだ。

 個人部屋ではなく、少々、頭の残念な、白鳥雛(しらとりひな)という女と同室となった。

 だが、彼女はもちろん、知性溢れる俺様が対等に付き合えるタマではないので、浮いた話は一切ない。


 広い畳部屋の中に、仕切りをカーテンで設けて、とりあえずは寝床スペースを確保した。

 俺が窓側の場所に布団を敷けたのは、ジャンケンで勝利したからに他ならない。


 ちなみに、スペース決定の際、


「外への出入り口が窓側にあるからさ、おのずと俺の寝場所は決定な。

 おまえだって、一応、オンナだ。

 寝顔を、俺様に(のぞ)かれたくないだろ?

 だったら、当然、奥の壁側が、おまえのスペースになる」


 と、白鳥雛に説明した。

 ところが、彼女から、


「はぁ!? 上手いこと言って窓側取る気?

 ジャンケンでしょ。ジャンケン!」


 と言われた。


 俺は昨晩の喧嘩を思い出し、仕切り用カーテンを見ながら、口をへの字に曲げる。


 向こう側から、(イビキ)が聴こえる。

 雛(バカ女)は、まだ熟睡してるようだ。


 ったく、物分かりの悪い女だ。

 論理的に物事を判断することができないとみえる。


 しかも自分の方からジャンケンを提案しておきながら、負けると、


「女の子に窓側を譲るという気はないわけ!?」


 とキレるし、


「奥のスペースの方が、プライベートが確保できるだろうに」


 と(さと)しても、激おこしたままだった。


 現に、今だっておまえ、寝たままじゃん?

 そこを俺が、部屋の外に出ようとして、おまえの寝床近くを通ったら、


「なに、このオトコ。

 マジ、信じらんない!」


 と甲高い声を張り上げ、大騒ぎするに違いない……。


(はああ〜〜)


 俺は服を着替えて廊下に出て、今日の仕事に備えた。


 すでに派遣先の事情は、大まかに聞いている。

 異世界モノならではの、魔法と冒険の世界。

 そこで、俺は〈魔王を倒す勇者〉として、派遣されることになっていた。


 でも、正直、このときの俺は、星野兄妹の説明を話半分といったかんじで聞き流した。

 だって、ゲームじゃあるまいし、〈魔王〉とか〈勇者〉って、なに?

 いくら異世界とはいったって、そこで生活してる人間が大勢いて、なおかつ、彼らはゲームのNPCじゃないんだから、〈勇者〉とか、そんな役割を担ったキャラなんかアテにしてないはず。

 要は、ソッチの世界にある国家組織とかに、俺はチート能力者として協力して、マフィアかヤクザみたいな反社連中を捕縛したら良いんだろ? と軽く考えていた。


〈魔物〉を野犬かなにか、〈魔王〉をマフィアのボスくらいに思っていたのだ。


 だが、こいつが随分、甘い想定だった。

 そのため、後に色々と痛い目を見るのだがーー派遣前の俺は、まるでわかっちゃいなかったのだ。


〈異世界〉はダテに異世界と呼ばれているわけではない。

 アッチの世界では、〈魔王〉が実際にいるし、俺は〈勇者マサムネ〉として召喚されるということを、真面目に信じてはいなかったのだ。


 結局、ボンヤリとした寝起き頭のまま、地下の転送室に行き、星野兄妹の立ち合いの下、変な液体を飲む。

 昨日、飲んだナノマシン入りのオレンジジュースとは違って、白い液体で不味かった。


 さらに俺は白い作務衣(さむえ)みたいな服装に着替えて、透明な筒状の転送機の中に入り込んだ。


 左側にある同型の筒の中には、目に見えないけど、媒質が充満している。

 これがないと、俺は異世界に転送できないらしい。

 そして、その媒質と感応を良くするために、白い液体を飲む必要があるそうだ。


 なんともラフな感じだが、まあ、こんなのでも異世界に人材を派遣する老舗(しにせ)会社だそうだから、身を任せるしかない。


 朝食を抜いて、朝の六時からいろいろと準備ばかりだったが、機械を操作してセッティングしたのは俺ではなく、雇主(やといぬし)である星野兄妹だ。


 設定がすべて完了し、妹の星野ひかりから、


「じゃあ、東堂正宗くん、そのまま転送するわよ!」


 と声をかけられるまで、なんだかんだと一時間ほどが経過していた。


 そのくせ、いざ転送となると、随分アッサリしたものだった。


 正直、驚く暇もなかった。

 一瞬、視界一杯に白い光が充満したかと思うとーー。


 あっという間に、俺様は独り、鬱蒼(うっそう)とした森林の只中で、目が覚めた。

 いつの間にか、緑の樹々に囲まれた草原で、寝ころんでいたのである。


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