表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
219/290

◆31 せっかくお風呂に入るなら、必要でしょ!?

 ワタシ、白鳥雛しらとりひなは、〈魔の霧〉を(はら)う〈救世の聖女様〉として、異世界に派遣された。

 けれど、〈聖女様〉の役目を、金髪の白い美少女に奪われてしまった。

 おまけに王城から追い出されて、街中の商会で寝泊まりする生活になってしまった。

 さらに、路傍(ろぼう)に打ち捨てられた孤児の兄妹を引き取ってしまった。

 だから、子供たちをお風呂に入れるのを機に、庶民の生活を満喫しよう、コッチの世界の生活水準を向上させてやる、これが〈聖女ヒナ・シラトリ伝説〉の幕開けにしてみせる、と意気込んでいた。


 ワタシは、孤児のお兄ちゃんピッケに、妹ロコの面倒を見るよう言いつけて、浴室に残ってもらう。

 さすがに五歳と三歳だけでは危険だから、新たに家政婦さんを浴室に呼んで、二人を見てもらうことにした。


 子供たちをすぐにお風呂からあがらせないのには理由がある。

 今から、色々と用意して、子供たちにも使い心地を聞いておきたかったからだ。


「さあ、ピッケたちがのぼせないうちに、用意しなきゃ!」


「なにを?」


 と問いかけるエマさんに、ワタシは拳を握り締めた。


「もち、石鹸とか、洗髪剤(シャンプー)、そしてクリームですよぉ!

 まずは、すぐに手に入る油を、ここに集めてくんね!?」


 エマさんが、家政婦たち数名を動員して走らせる。

 まずは、小さな瓶や壺といった容器を(そろ)える。

 それから、塩や灰、小麦粉、その他、砂や細かく砕いた石、オレンジやレモンの果皮、アーモンドなど、とにかく色々な素材となり得るものを手当たり次第に()き集めた。

 実際、食器を洗うスポンジ状のモノや、動植物の(あぶら)なら、同じ階にある厨房から持ってくることができた。


 テーブルの上に並べられた多種雑多な素材をザッと見渡して、ワタシは満足する。


「うん。これだけ揃えりゃ、十分じゃね!?

 あと、なにか香り付けになるような、綺麗なお花をーー」


「今の季節は、見事な百合(ユリ)があります」


「お願いします」


 エマさんが用意した百合の花を前に、ワタシはニンマリした。


(よし。こいつらに〈聖魔法〉を込めてやればーー)


 ワタシは百合の花や灰手を当て、強く念を込める。

 両手が青白く輝く。

 やがて、その光が、百合の花や脂など、様々な素材に注がれていき、次第に形が変わっていく。

 どうやら、今まで大量に薬を作ってきた経験が()きたようだった。


「わぁ、ヤベエ。マジ、素敵じゃね!?」


 ワタシは思い通りに〈聖魔法〉が使いこなせた安心感から、明るい声を出した。


 その一方で、ワタシが魔法を使うさまを見ていたエマたち、家政婦集団は口に手を当て、絶句していた。

 彼女たちにとっては、まさに奇蹟が目の前で展開していたからだ。


 聖魔法の白い光を受け、スポンジ状のモノや牛脂などが形状を変えていく。

 食物油も泡立つ液体に。

 研磨剤や塗料原料として使う低級の灰も、色が付く柔らかな粉末に変化した。


 これで、洗髪剤(シャンプー)や入浴剤、化粧水の(たぐい)も作れるはずだ。


 ワタシは改めて、ふんと鼻息を出して、気合を入れた。


(まずはーーシャンプーからね。

 愛用してるラッ◯スみたいな香りと効き目にすっかな?

 成分はーー宣伝で耳にしたヒアルロン酸(?)みたいなのを合成すれば、保湿できて、髪のツヤを保つことができるハズよね。

 よく知らんけど。

 そして、コイツに(さわ)やかなハーブの香りを加えてーー)


 うん、完璧。

 それっぽくなった。

 これを、この油が入っていた壺に入れる。


 うん。

 スポンジみたいなのに、こいつを(ひた)したら、身体も洗えるんじゃね?

 今日のところは、石鹸にも代用してもらおうかな?


 そして、お次は入浴剤ーー。


 素材が要るわね。

 素材……塩かな、やっぱ。


(ほんとは岩塩が使えると良いんだけど、コッチの世界じゃ高価過ぎるからーー)


 代用品の灰や石屑(いしくず)を、ガンガンと石で叩いて、細かく(くだ)く。

 そこにエマから(もら)った百合の花と、オレンジやレモンの果皮、アーモンドも加えて、油に混ぜ込んで、聖魔法を叩き込む!


「えいっ!」


 灰と石屑の固まりが、オレンジ色の(こな)で出来た山になった。

 手のひらで(すく)ってサラサラと(こぼ)すと、粉をひと(つま)みして、香りを()ぐ。


(ーーうん、見事に、思い通り。

 お気に入りの、ク◯イプのバスソルトに近いかも……)


 完全な出来栄えに、ワタシは満足する。


 その後ろで、変化があった。

 いつの間にか、エマたち家政婦連中すべてが、(ひざまず)いていたのだ。

 ワタシは慌てて振り返って、声をかける。


「ど、どうしたの。エマさん!?」


 エマは涙を流しながら、自らの両手を硬く握りしめて頭上に(かか)げた。

 そして、両手で空中に三角形を描く。


「ほんとうに、ヒナ様は聖女様なんですね。

 あのような廃棄物同然のモノが、瞬く間に(かんば)しい香りを放つモノに……」


 この振る舞い、見たことある。

 パーカーさんが、義足が自由に動かせると体感したときのポーズだ。

 この国でのお祈りの姿勢らしい。


「それに、この泡立ちーー」


 エマは湯船の縁に、洗髪剤(シャンプー)を付けた荒布を(こす)り付ける。


「ーーこうして、汚れを落とすのですね!?」


 惜しい。


「それはシャンプーっていって、髪の毛を洗うモノですよぉ」


「髪の毛にこんな液体を……? 

 水洗いの後、香油をつけるぐらいしかーー」


 目を白黒させるエマさんたちに、ワタシは入浴を勧めた。


「さあ、一緒に湯船に戻りましょう。

 エマさんも使ってみれば、わかるわよ!」


 ところが、衣服を脱ぎ、着替室から浴室へと足を向けたのは、ワタシだけだった。


「いえ。私ども家政婦がこれ以上、贅沢をするわけにはまいりません。

 お待ちになってる子供たちと、ぜひ楽しんでください」


 聞けば、一度(ひざまず)いて空中に三角形を描いたからには、その日は身体を洗ってはいけない、という宗教的な決まりがあるらしい。

 不便な話だ。


 でも、今回、これほど上手く〈聖魔法〉を発動させることができたのは、彼女たちの深い信心による可能性があるから、無碍(むげ)にはできない。


 ワタシは振り返り、〈聖女様〉らしい、柔らかな笑みを浮かべた。


「では、みなさん。

 ワタシ、〈聖女ヒナ・シラトリ〉を信じてください。

 お風呂上がりに、ワタシと子供たちから(ただよ)う香りで、お察しいただけると思います。

 明日から、エマさんたちも使って良いですよ。このシャンプー」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ