◆31 せっかくお風呂に入るなら、必要でしょ!?
ワタシ、白鳥雛は、〈魔の霧〉を祓う〈救世の聖女様〉として、異世界に派遣された。
けれど、〈聖女様〉の役目を、金髪の白い美少女に奪われてしまった。
おまけに王城から追い出されて、街中の商会で寝泊まりする生活になってしまった。
さらに、路傍に打ち捨てられた孤児の兄妹を引き取ってしまった。
だから、子供たちをお風呂に入れるのを機に、庶民の生活を満喫しよう、コッチの世界の生活水準を向上させてやる、これが〈聖女ヒナ・シラトリ伝説〉の幕開けにしてみせる、と意気込んでいた。
ワタシは、孤児のお兄ちゃんピッケに、妹ロコの面倒を見るよう言いつけて、浴室に残ってもらう。
さすがに五歳と三歳だけでは危険だから、新たに家政婦さんを浴室に呼んで、二人を見てもらうことにした。
子供たちをすぐにお風呂からあがらせないのには理由がある。
今から、色々と用意して、子供たちにも使い心地を聞いておきたかったからだ。
「さあ、ピッケたちがのぼせないうちに、用意しなきゃ!」
「なにを?」
と問いかけるエマさんに、ワタシは拳を握り締めた。
「もち、石鹸とか、洗髪剤、そしてクリームですよぉ!
まずは、すぐに手に入る油を、ここに集めてくんね!?」
エマさんが、家政婦たち数名を動員して走らせる。
まずは、小さな瓶や壺といった容器を揃える。
それから、塩や灰、小麦粉、その他、砂や細かく砕いた石、オレンジやレモンの果皮、アーモンドなど、とにかく色々な素材となり得るものを手当たり次第に掻き集めた。
実際、食器を洗うスポンジ状のモノや、動植物の脂なら、同じ階にある厨房から持ってくることができた。
テーブルの上に並べられた多種雑多な素材をザッと見渡して、ワタシは満足する。
「うん。これだけ揃えりゃ、十分じゃね!?
あと、なにか香り付けになるような、綺麗なお花をーー」
「今の季節は、見事な百合があります」
「お願いします」
エマさんが用意した百合の花を前に、ワタシはニンマリした。
(よし。こいつらに〈聖魔法〉を込めてやればーー)
ワタシは百合の花や灰手を当て、強く念を込める。
両手が青白く輝く。
やがて、その光が、百合の花や脂など、様々な素材に注がれていき、次第に形が変わっていく。
どうやら、今まで大量に薬を作ってきた経験が活きたようだった。
「わぁ、ヤベエ。マジ、素敵じゃね!?」
ワタシは思い通りに〈聖魔法〉が使いこなせた安心感から、明るい声を出した。
その一方で、ワタシが魔法を使うさまを見ていたエマたち、家政婦集団は口に手を当て、絶句していた。
彼女たちにとっては、まさに奇蹟が目の前で展開していたからだ。
聖魔法の白い光を受け、スポンジ状のモノや牛脂などが形状を変えていく。
食物油も泡立つ液体に。
研磨剤や塗料原料として使う低級の灰も、色が付く柔らかな粉末に変化した。
これで、洗髪剤や入浴剤、化粧水の類も作れるはずだ。
ワタシは改めて、ふんと鼻息を出して、気合を入れた。
(まずはーーシャンプーからね。
愛用してるラッ◯スみたいな香りと効き目にすっかな?
成分はーー宣伝で耳にしたヒアルロン酸(?)みたいなのを合成すれば、保湿できて、髪のツヤを保つことができるハズよね。
よく知らんけど。
そして、コイツに爽やかなハーブの香りを加えてーー)
うん、完璧。
それっぽくなった。
これを、この油が入っていた壺に入れる。
うん。
スポンジみたいなのに、こいつを浸したら、身体も洗えるんじゃね?
今日のところは、石鹸にも代用してもらおうかな?
そして、お次は入浴剤ーー。
素材が要るわね。
素材……塩かな、やっぱ。
(ほんとは岩塩が使えると良いんだけど、コッチの世界じゃ高価過ぎるからーー)
代用品の灰や石屑を、ガンガンと石で叩いて、細かく砕く。
そこにエマから貰った百合の花と、オレンジやレモンの果皮、アーモンドも加えて、油に混ぜ込んで、聖魔法を叩き込む!
「えいっ!」
灰と石屑の固まりが、オレンジ色の粉で出来た山になった。
手のひらで掬ってサラサラと溢すと、粉をひと摘みして、香りを嗅ぐ。
(ーーうん、見事に、思い通り。
お気に入りの、ク◯イプのバスソルトに近いかも……)
完全な出来栄えに、ワタシは満足する。
その後ろで、変化があった。
いつの間にか、エマたち家政婦連中すべてが、跪いていたのだ。
ワタシは慌てて振り返って、声をかける。
「ど、どうしたの。エマさん!?」
エマは涙を流しながら、自らの両手を硬く握りしめて頭上に掲げた。
そして、両手で空中に三角形を描く。
「ほんとうに、ヒナ様は聖女様なんですね。
あのような廃棄物同然のモノが、瞬く間に芳しい香りを放つモノに……」
この振る舞い、見たことある。
パーカーさんが、義足が自由に動かせると体感したときのポーズだ。
この国でのお祈りの姿勢らしい。
「それに、この泡立ちーー」
エマは湯船の縁に、洗髪剤を付けた荒布を擦り付ける。
「ーーこうして、汚れを落とすのですね!?」
惜しい。
「それはシャンプーっていって、髪の毛を洗うモノですよぉ」
「髪の毛にこんな液体を……?
水洗いの後、香油をつけるぐらいしかーー」
目を白黒させるエマさんたちに、ワタシは入浴を勧めた。
「さあ、一緒に湯船に戻りましょう。
エマさんも使ってみれば、わかるわよ!」
ところが、衣服を脱ぎ、着替室から浴室へと足を向けたのは、ワタシだけだった。
「いえ。私ども家政婦がこれ以上、贅沢をするわけにはまいりません。
お待ちになってる子供たちと、ぜひ楽しんでください」
聞けば、一度跪いて空中に三角形を描いたからには、その日は身体を洗ってはいけない、という宗教的な決まりがあるらしい。
不便な話だ。
でも、今回、これほど上手く〈聖魔法〉を発動させることができたのは、彼女たちの深い信心による可能性があるから、無碍にはできない。
ワタシは振り返り、〈聖女様〉らしい、柔らかな笑みを浮かべた。
「では、みなさん。
ワタシ、〈聖女ヒナ・シラトリ〉を信じてください。
お風呂上がりに、ワタシと子供たちから漂う香りで、お察しいただけると思います。
明日から、エマさんたちも使って良いですよ。このシャンプー」




