◆29 さあ、お風呂に入りましょう!
パーカーさんとマオの二人は、扉を開け、ワタシ、白鳥雛の許へとやって来た。
奥の部屋での密談が、終わったらしい。
マオは満面に笑みを湛えている。
パーカーさんの方は、腹を決めた、と意気込んだ顔付きをしていた。
「一晩だけなら、アイツらを泊めてやってもいいぞ」
パーカーさんのお許しが出た。
ワタシは子供たち抱きついた。
「わぁ、マジで嬉しい! ほら、ピッケ、ロコ。
パーカーさんに、ありがとうしなさい」
五歳男児と三歳女児が、たどたどしい言葉使いでお礼を言う。
「ありがとうござーます」
「あいがとう」
パーカーさんは、照れて顔を赤らめる。
「湯を沸かしてやるから、まず身体を綺麗に洗うんだぞ。
部屋に入れるのは、そのあとだ。
おい、エマ」
一人の家政婦が、いつの間にかパーカーさんの傍らに控えていた。
「この子たちの身なりを整えておけ。
こんなでも、客人だ」
照れ隠しもあって、随分な言いようだったが、そうしたパーカーさんの性格も良く承知しているのだろう。
三十代と思われる、ちょっと太った黒人女性の家政婦は、
「はい、わかりました」
と、淡々とした口調で応じて、そのまま二階への階段に誘う。
ワタシは喜びの声をあげた。
「よかったね。ピッケ、ロコ!
お姉さんと一緒に、お風呂に入りましょう」
「わーい。お風呂なんて、何日ぶりだろう!」
兄のピッケが、大声ではしゃぐ。
その一方で、妹のロコは眉を下げて、ベソをかいた。
「あたい、おふろきらい。水こわい……」
なぜお風呂が嫌いなのか、見当がつかない。
が、あんなささくれだった木箱の中で、凍えていた兄妹である。
身体が温まりさえすれば、お風呂好きになるだろう。
ワタシは子供たちをけしかけ、階段を昇った。
パーカー商会の建物は、四階建てになっていた。
主な内訳は、一階が店舗と倉庫、二階が居間と食堂、三階がゲストルーム。
そして、四階がパーカーさん一家の住居になっている。
もっとも、「パーカーさん一家」といっても、パーカーさんは中年ながら、いまだに独身なので、気儘なひとり暮らしだ。
そして、今現在、私たちが向かっているお風呂があるのは、二階だ。
二階には居間や食堂があって、従業員の休憩や、食事する場所として使用されている。
要するに、二階は、パーカー商会で働く者たち全員の生活の舞台でもあった。
だから、食堂に出す料理を調理する台所もあるし、トイレや洗面所といった水回りも完備されており、その延長線で来客用の浴室も設置されていたのだ。
ちなみに、ワタシたちを浴室に先導してくれた女性の名前は、エマ。
彼女が家政婦として商会本館に住み込んで、家事全般を仕切っているそうだ。
そして、実は、彼女はパーカーさんより三つ年下の妹さんなんだそうだ。
彼女は、夫を三十になったばかりの頃に亡くして、以降、兄が経営するパーカー商会に雇われて、もう五年になるらしい。
着替え室で子供たちの服を脱がせたり、お湯の温度を手で測っては、水で薄めたりしている間に、そうした身の上話を、ワタシはエマ本人から耳にした。
長兄のハリエットさんが王宮勤めの騎士様だというのに、弟や妹は民間で、それなりに苦労して生活してるんだな、と実感する。
でも、エマは少しも苦労じみた様子を見せず、朗らかに子供たちに声をかけた。
「ほら、あなたたち!
お風呂は熱いから、まずは手桶で湯浴みをなさい」
「わあい!」
お兄ちゃんのピッケは、エマの制止も聞かず、湯船にドボンと浸かる。
「あっちぃ!」
と悲鳴をあげるが、顔は笑っていた。
熱さを感じること自体が、嬉しそうだ。
一方、妹のロコは、手桶にお湯を掬っては、チロチロと身体に流す。
おっかなびっくりな調子だ。
見かねたエマが桶でザザッとお湯をかけてやってから胸に抱いて、一緒に湯船に浸かってあげていた。
「ふう〜〜。
やっぱ、お風呂、最高!
生き返るようだわ」
ワタシが自らの身体にお湯をパシャパシャかけながら歓声をあげると、エマはロコを抱えたまま微笑む。
「ヒナ様にも楽しんでいただけて、光栄ですわ。
パーカー(兄)の自慢なんですよ、このお風呂」
うん。たしかに、自慢するだけはある。
浴室自体、何人も入れるほど広い。
壁は、石をタイルみたいにして切り出して重ねたデザインをしている。
掃除も行き届き、清潔感もある。
浴室の手前にあった着替え室には洗面所もあったし、花が飾ってあり、その脇の棚には畳んだタオルが重ねて置いてあった。
随分と、気が利いている。
だが、いかんせん、石鹸がない。
洗髪剤や、整髪剤もない。
もちろん、入浴剤もーー。
(そもそも、身体を洗う習慣がないってわけ? マジかよ)
周囲をキョロキョロ見回してから、エマに身体を洗うための道具について、いろいろと聞いてみた。
が、彼女たち、パールン王国人にとって、入浴は身体を温めるだけのものらしい。
入浴時に身体の汚れを洗い流す習慣はなく、目立った汚れがあれば、その部分を粗い布で擦るぐらいしかないらしい。
たしかに、エマの肌は綺麗な黒褐色で、特に汚れは見当たらない。
湯船に浸かっただけで、たいがいの汚れは落ちてしまうだろう。
でも、それでは潤いがない。
事実、所々、肌が乾燥して荒れていて、かぶれているところも見受けられた。
現に、しばらくすると、エマがワタシの身体をジッと凝視して、つぶやいた。
「こうして見ますと、ヒナ様のお肌ーー艶があって、お綺麗ですね」と。




