◆27 いくら中世っぽい世界でも、孤児を引き取るのは容易じゃない
ワタシ、白鳥雛は、〈聖女様〉として異世界に派遣されている。
けれども、本来、ワタシはしがないバイトである。
日本の東京では、〈ホスト狂い〉を卒業したばかりの、(ホントは〈姫様〉だけど、表向きには)ごく普通の一般人だ。
うん、そんなこたぁ充分、わーってる。
だけど、ここ、派遣先の異世界パールン王国では、〈魔の霧〉を祓う救世主として召喚された〈聖女様〉なんだ!
たとえ、別の女の子に〈聖女様〉役を取られようとも、王宮を追放されて民間の商会で働くことになろうとも、聖魔法を込めた薬がまったく売れてなかろうと、やはり〈聖女様〉として振る舞い続けるべきと思うわけよ、マジで!
だから、路傍で打ち捨てられた子供たちを、黙って見捨てることはできないっつーの。
子供たちが、こんな理不尽な差別社会であっても、きっちり生きていけるよう、面倒をみたい。
そう思って、ワタシは木箱の中で震えていた幼い兄妹、ピッケとロコを拾い上げ、手を引いてきた。
ワタシたちは牛車から降りて、マオと連れ立って、子供たちをパーカーさんの許へ連れて行った。
ワタシが幼児二人と手を繋いでいるのを見て、パーカーさんは額に手を当て、露骨に顔をしかめた。
でも、ワタシも退くわけにはいかない。
子供たちの前に進み出て、頭を下げた。
なんてったって、ワタシは子供に慈しみを与える〈聖女様〉なんだから!
「ねえ、パーカーさん。
今晩だけ、この子たちを商会で泊まらせてよ」
後ろに隠れるようにして身を硬くしている幼な子たちを、今度はワタシの前面に押し出した。
パーカーさんは、捨て子たちを見て眉をひそめる。
「それは……聖女様の立っての頼みとあれば断れませんがーーどうするおつもりで?
こんな小さな子、まだ従業員にはできませんよ。
しかも、白い捨て子は身体が弱くて使いものにならん」
ワタシが小首をかしげると、マオが背伸びして耳許でささやく。
「肌の色が薄いほど、病気にかかりやすいっていわれてます。
白い子ほど虚弱で、病気や瘴気に対する抵抗力が弱いらしくて。
だから、白い子は捨てられやすいんです。
どうせ、すぐに病気にかかって死んでしまうって」
「ほんとう?」
「さあ。わかりません。
ボクも白人ですが、別に黒い子たちと似たようなものですけどね。
神父様も、『身体の健康に必要なのは、運動と養生であって、肌の色は関係ない』っておっしゃってました」
「偉い神父様なのね」
肌の色で差別する、こんな世界にありながら、なんと健全な判断力を持ち合わせてる御仁だ。
ワタシは感心して、マオにウインクする。
彼も得意げに胸を張った。
「ええ。
ボクの孤児院にはいろいろ悪い噂がありますが、神父様の評判は素晴らしいものです」
「悪い噂?」
「すぐに孤児が行方不明になるって。
なんでも、魔物に喰われてしまうとか」
「え? マジ!?
大丈夫なの? そんな所にピッケとロコを預けて?」
「ははは。ボクもその孤児院に住んでるんですよ。
『孤児が消える』っての、よくある〈都市伝説〉ってやつですよ」
「おお、マジか!?
コッチの世界にもあるのかよ、〈都市伝説〉!」
〈都市伝説〉って現代社会ならではのモノと思ってた。
だけど、たしかに昔風の、このパールン王国のような中世的身分社会の方が、怖い噂話に花が咲きそうな気がする。
突っ込むとしたら、ビルディングひとつもない、〈都市〉っていうほどの都市じゃねーくせに、よくも〈都市伝説〉と名乗っちゃったわね、といったことぐらい?
ゴホン、と大きな咳。
パーカーさんが、睨んでいる。
ピッケとロコが、ワタシのスカートの裾にしがみつく。
ワタシは上目遣いで声をあげる。
「でも、一晩くらい泊めてくれても……」
パーカーさんは、マオに顔を向ける。
「マオ。お前がついていながらなんだ、このありさまは。
いったい、どうするつもりだ」
マオは雇用主に向けて、顔を上げる。
「この子たちは、ボクが住む孤児院に連れて行こうと思っています。
でも、今日のところは院長先生と神父様にお報せするのが精一杯。
実際に、この子たちを孤児院が引き取れるのは、後日になるかと」
「むう、たしかに。
拾っちまったら、何かと手続きが要るからな。
ったく、孤児院の経営も厳しいってのに、神父様も渋い顔をなさるだろうなぁ……。
とはいえ、マオの頼みは、このパーカーの頼みってことになるから、この子たちは引き取ってもらえるかもな」
突き出た腹をさすりながら、あれこれ考え始めるパーカーさんに対して、マオ少年はキラキラと目を輝かせる。
「いえ。ボクや旦那様ではなく、聖女様のお頼みなんですから、神父様なら聞き入れてくださるはずです!」
神父の信仰心に絶大な信頼を寄せる少年を見て、パーカーは溜息を吐く。
そして、真面目な顔付きで、ワタシの方へと視線を移した。
「ヒナ様。これからマオと大事な話をしますので、奥へ行きます。
こちらでお待ちください」
「わかりました。
さ、ここでちょっと待ちましょうね」
「はぁい」
「うん、わかった」
ワタシがしゃがんでピッケとロコを撫で撫でしていると、パーカーさんはちょっと視線を向けてから、マオと連れ立って奥の狭い物置部屋に入っていった。




