◆26 哀れな孤児を街中で拾って、面倒みますってか?
ワタシ、白鳥雛は、派遣された異世界で、路頭に打ち捨てられた孤児を拾うことを決心した。
牛車から飛び降りると、そのまま木箱の中に入っている子供の兄妹に近づいた。
笑顔を作り、優しく声をかけた。
「ボクたち、お名前は何て言うの?」
しゃがんで、目線を子供たちに合わせる。
いきなり、黄色い肌をした大人の女性がヴェールで顔を隠した状態で、語りかけてきたのである。
子供たちが怯えて当然の状況だった。
それでも、幼い白人兄妹は、互いに手を握り締めたまま、即答した。
それほど、困窮し、飢えていたのだろう。
「ぼく、ピッケ」
「あたし、ロコ」
「お歳は?」
と、ワタシが尋ねると、お兄ちゃんは
「五つ」
と答えたが、妹の方は黙っている。
「……」
妹が答えられないで泣きそうになると、兄のがフォローを入れた。
「ロコは三つ!」
小さなお兄ちゃんが、必死に妹を庇っているさまに好感が持てた。
「そう。良い子ね」
ワタシは二人の頭を優しく撫でて、まずは妹のロコを木箱から出して抱き上げた。
「うわーん」
「わああーー!」
二人の幼児の大きな泣き声が、通りに響きわたる。
「よしよし。怖かったね。もう大丈夫。
お姉さんが助けてあげるから。
ご飯、たっぷり食べよーね!」
不安な顔をしていた兄のピッケが、ヒナの言葉に、
「お姉さん、ほんとう?」
と目を輝かせた。
マオが後ろから顔を出す。
笑いながら、ワタシを子供たちに紹介した。
「よく聞きなさい。
このお姉さんは実は聖女様なんだ。
これからはヒナ様とお呼びしなさい」
ピッケとロコが、意味も分からず、けれど敬意と憧れの眼差しをワタシに向けた。
年上のお兄ちゃんが「様付けで呼びなさい」と教えているのだから、きっととても偉い人なのだろうと理解をしたのだ。
「え〜。ヤダ。なんか照れちゃうな。ヒナ姉さんでいいよ」
ワタシは顔を赤らめて、両手を大袈裟に左右に振る。
ピッケとロコーー幼い兄妹の心には、数日ぶりに霧が晴れたような、明るい気持ちがみるみると広がった。
やがて、兄のピッケが小声で、
「ヒナ姉さん……」
とつぶやく。
妹のロコはというと、何も口にしないが、ワタシの胸にグリグリと顔を押し付けてくる。
人の温もりに触れたのが、久しぶりだったのだろう。
(なにこれ。ヤベエ。マジで可愛い……)
ピッケとロコの二人は、五歳と三歳だ。
まだ幼いので、肌による差別意識はないようだった。
もっとも、ワタシの黄色い肌は見慣れないせいか、初めは少しビクついてたみたいだけど。
後ろから、牛車の御者席に座り直したマオが、声をかけてきた。
「じゃ、行きましょうか。
子供を引き取るとなると、大人の助けが必要になります。
いろいろと、大変になりますよ」
ワタシは二人の子供を両手で抱え込んで、鼻息を荒くした。
「ええ。望むところってヤツ!?
ワタシにも、ようやく聖女様らしいことができそうだわ」
幼い兄妹を荷車に乗せて、牛車がパーカー商会へと帰っていった。
◇◇◇
東京異世界派遣本部では、星野兄妹と東堂正宗が、モニターで逐一、白鳥雛の活動を見ていた。
正宗は椅子に深く凭れながら、呆れ声をあげる。
「哀れな孤児を街中で拾って、面倒みますってか?
いかにも〈聖女様〉っぽい、微笑ましいエピソードなんだけどーーいいのかよ、仕事の方は?」
この異世界における〈聖女様〉のお仕事は、善行を施し、聖なる神の教えを広めることではない。
〈魔の霧〉を祓うことが、〈聖女様〉の最重要任務になっている。
いまだ〈魔の霧〉が王都を〈襲う〉という事態が、どういうことを指すのかわからない。
が、国家規模の災難に立ち向かうことが〈聖女様〉求められていることは間違いない(おそらく)。
だからこそ、王家が直々(じきじき)に聖女召喚儀式を行ったのだ。
そう考えると、王子に手を差し伸べられ、着々と地位を固めていく〈白い聖女様〉に対して、我らが〈聖女ヒナ様〉は出遅れまくってる。
星野新一が苦笑する。
「でもなぁ。〈聖女様〉のイメージ通りなのは、たしかにヒナちゃんの方なんだよね」
星野ひかりも、ヒナの振る舞いを擁護した。
「そうよ。
周りにイケメンが多い中で、男狂いにならないだけでも良かったわ」
正宗も別にヒナを非難するほどの心算はない。
「イケメンとはいっても、緑色の肌だけどな。
ーーもっとも、ヒナのヤツ、あのハリエットとかいう騎士に、すっかり惚れ込んでるとみたが。
マオとかいう白人の男の子にも、いたくご執心のようだ。
とにかく、ヒナのヤツにとっちゃあ、肌の色はなんであれ関係ないんだろう。
あくまで顔の造作にうるさいんだな、アイツは」
正宗の指摘に、新一も同調する。
「たしかに、ヒナちゃんは、人として差別してるわけじゃないから、ルッキズムともいえないよね。あくまで個人の嗜好なんだから」
「オトコもオンナも、好き嫌いがあるのは仕方ないわな、そりゃ」
と、正宗も大きく顎を引いて同意する。
それから、吐き捨てた。
「ーーでも、アッチの金髪少女の聖女様も、どうかしてるぜ。
本来、この世界の〈聖女様〉ってのは、〈魔の霧〉を祓うための存在なんだろ?
王子と寝ることで〈魔の霧〉ってのが打ち消せるのかよ?」
「そうだけど……。
そもそも〈魔の霧〉が何を表すかってことからわかってないからね」
新一はいつになく、難しい顔をする。
正宗は、疑問をさらに畳み掛ける。
「そういえば、ヒナとの交信不良の理由も、まだわからないんだろ?」
雛は自分の方から通信を切ってはいないという。
それなのに、交信できないことが多い。
東京は、ずっと通信回路を繋ぎっぱなしだから、説得力がない。
けれども、いまだにステータス表示が文字化けして、完全には復旧できていないとなると、たしかにおかしい状態が続いているといえる。
ナノマシンたちが、相変わらず勝手な活動をしているのだろうか?
こんなことは、東京異世界派遣会社の創立以来、体験したことがない、前代未聞の事態だ。
不安が募るばかりである。
ところがーーというか、それゆえに、かえって、というべきか。
星野ひかりが、ことさら明るい声を上げた。
「とにかく、様子を見守りましょう。ね?
私たちに今、出来ることは、それぐらいなんだから」
二人の男も瞑目しつつ、うなずくしかなかった。




