◆25 そうだ! ワタシが、あの子供たちの里親になったら良いんじゃね!?
ワタシ、白鳥雛は、肌の色による差別が厳しい、異世界のパールン王国で、食料品を取り扱うパーカー商会の手伝いに励んでいた。
店が閉まった後、牛車による、お得意先回りに同行する。
その道中、パーカー商会の番頭さんが、相手方と契約を確認してサインを貰う。
その間、商品の積み卸しをしたのは、主にマオであった。
マオは少年なのに、ワタシよりもずっと力持ちだった。
結局、ワタシがやったことは、牛の餌である枯草の補充がメインだった。
そして、約二時間後ーー。
最終便の商品を運び終わり、お得意様を回り終えた。
マオ少年が手綱を握る牛車が、商会への帰路を、ゆっくりと進み続ける。
マオの隣で、ワタシは漫然と街道を眺めていた。
それにしてもーー。
王都の幹線道路だというのに、時々、道端でうずくまっている白い人々が目につく。
時折、黒い肌の人もいるが、絶対数が違う。
路上に座る人物の五人に四人は、白人だった。
(ガチで、大勢、路頭に迷ってんじゃん?
マジで、ヤバくね!?)
沈んだ気持ちでいると、ワタシの感情を察して、マオ少年が語り始めた。
「以前、パーカー(旦那)さんが、おっしゃってました。
お隣の国と国交が断絶して物資が滞り、物価があがる一方だって。
ボクのような子どもには良く分かりませんが、不況なんですって。
だから、仕事の口がなくなって、ああして道端で寝てる人が多くなってるそうです。
黒いヒトまでいるくらいなんですから、白い孤児であるボクは、商会で勤められるだけ運が良いって」
「そう……」
奴隷の身分なのに「運が良い」と思わせるなんて、パーカーさんも随分と〈悪い大人〉だ。
でも、大人も子供も無職になると、文字通り路頭に迷うしかないーーそれがコッチの世界での現実ってやつらしい。
ガチのサバイバルだ。
マサムネのヤツだったら、「地球でも、国が違えば同じだろ」って、エラそうにセッキョウかましてきそう。自分こそ、クソヒキコだったくせに。
そんなことを考えていると、煉瓦の建物の前に、大きめの木箱が一つ、デンと置いてあったのに目が向いた。
木箱の中で、白人の幼い兄妹らしき二人の子供が、ちょこんと座ってたのが気にかかった。
「なに、あれ、ヤバくね!?
ねえ、マオくん。
あの子供たち、なんであんな所にいるわけ?」
「ああ、あの子たちは孤児ですね。
親が死んでしまって、面倒を見る人がいないので、路上に置き去りにされたのでしょう」
「なにそれ? マジ!?
犬や猫じゃあるまいし。
いやいや、犬や猫だって捨てたらいけないっしょ!?
まして、人間なんだよ!」
「さすがは聖女様の故郷ですね。
ヒナ様のお国では、生命に対する責任が重いのですね」
「そーね。
昔は、犬や猫を捨てるヒトがいたみたいだけど、今は法律で禁止されてっし。
飼えない人は里親を探したりして、生命を大切にしてんの」
「素晴らしいですね。そういう姿勢は。
犬や猫ですら、生命は大切にされるーーそのような世界ならば、孤児が虐待されることもないんでしょうね」
いや、さすがに、それほど地球が理想郷ってわけでは……と、内心、恥入ってると、(あ、そういえば……)と、パーカーさんが言ってたセリフを思い出した。
『いいんだよ、コイツは。孤児院から派遣された奴僕なんだから』
ーーそうだった。
マオくん自身、あの子供たちと同じ孤児だったんだ。
そう思うと、余計に可哀想になってきちゃった……。
なんとかできねーの?
ワタシ、この世界には聖女様として召喚されたんだしぃーー。
ワタシはマオに牛車を止めるよう頼み、それからポンと手を打った。
「……そうだ! ワタシが、あの子供たちの里親になったら良いんじゃね!?」
ワタシの突然の意志表明に、マオ少年は目を丸くした。
「え!? ヒナ様が? いいのですか。大変ですよ?」
ワタシは片腕の袖を捲り上げ、うなずいた。
「大丈夫。
ワタシ、これでもメンタルつよつよだから。
せっかく聖女として異世界に来たんだし、善行はしないとね!」
少年はポカンと口を開けたままワタシを見詰めていたが、やがてオズオズとした口調で提案してきた。
「教会に届けて、孤児院で保護してもらうのはどうでしょうか?
ボクも孤児院から派遣されているわけですし、ボクの後輩として迎えられます。
ヒナ様やパーカーさんの紹介であればきっと……」
マオくんは、ワタシなんかより、よほどこの国での孤児の事情を、身をもって知っている。
知悉していると言って良い。
でも、それがゆえに、かえって大胆な行動はできなくなってるようだ。
実際、このまま孤児院に送られるだけじゃあ、この子たちも、マオくんみたいに、才能豊かなのに、ドレイに堕ちになっちゃうじゃん?
ヤバイよ、それは!
ワタシはマオくんの前につんのめって、手を握って振り回す。
「ワタシ、マジでこの子たちの面倒をみたいの。
ガチめに世話をやいてあげたいのよ。
だって聖女様なんだしぃ!」
マオ少年は露骨に当惑顔になっていた。
ワタシの提案を、
「どこまで本気なのかわからない」
ーーと、訝しんでいるようだった。
コチラを窺うような目付きになっている。
「ーーでも、ヒナ様はパーカーさんの店舗に住んでるんでしょ?」
「そんなの、関係ないでしょ!?
ワタシ、この子たちの面倒を見たい!」
ワタシの力を込めた瞳から、本気だと思ってくれたらしい。
彼は指を一本立てて、口を窄める。
「では、こうしましょう。
仕事が終わったあと、ボクと一緒に孤児院に立ち寄るってのは?
ボクにとっては単なる〈帰宅〉なんですけど、ヒナ様にとっては〈訪問〉です。
そうした体裁で孤児院に赴き、子供たちの世話をお手伝いする、というのは?」
「ああ、なるほど!」
ワタシは膝を打った。
ワタシ自身が直に孤児院に出向けば、この子たちの保護者として振る舞えるし、結果として、子供たちのドレイ堕ちが防げるかもしれない。
よくわかんないけど、郷にいれば郷に従え、ってことでーー。
「仕方なさそーだから、それでいいわ。
考えてみれば、食事の世話とか、洗濯とか大変だし。
ワタシ、遊んであげたり、話し相手になったりしか、できねーし」
「そうです。できることから、始めましょう」
どこか、マオ少年は胸を撫で下ろすようなかんじだった。
それほど、ワタシが無茶なことを口走ったらしい。
でも、異世界人であるワタシの非常識な注文に、うまく応えてくれたようだ。
ほんと、しっかりしたお子さんだこと。
マオくん、素敵!
「じゃあ、木箱の中のあの子たち、呼んでくるね!」




