◆24 う〜〜ん。なかなか対等な間柄になるってのも、難しいわね。
注文先へ、商品を届ける。
と同時に、新たな注文を取り付けてくるーー。
それが、パーカー商会の牛車配達便の務めだ。
しかも、夕刻に出発する最終便は、翌朝に必要な食品などを毎日届けている相手ばかりで、商会にとっては大物の取引先が多かった。
相手と直接取引するのは、商品とともに荷車に乗る番頭さんである。
しかし、そんな重要な配達便の手綱を握るのが、若干十四歳の少年ーーしかも白人奴僕であることは、普通ではあり得ないことだ。
それほど雇用主のパーカーさんが、マオという人物を買っている証だった。
ワタシ、白鳥雛にとっては、初めて出来た薬を飲んでくれた(主人に飲まされた)子でもある。
さらにいえば、守備範囲の広い〈ホスト狂い〉である彼女にとっては、マオ少年は、ショタコン愛を炸裂させる〈可愛いワタシの王子サマ〉であった。
牛の手綱を引きつつ、仕事を教えてくれるマオ。
彼は数々の取引先の特徴を、懇切丁寧に説明する。
だが、彼の隣にチョコンと座ったままのワタシの耳には、まるで聞こえていなかった。
ずっと夢見心地で、ワタシは、その美しい相貌を見つめ続けるだけだった。
実際、マオの方も、ワタシと相席できたのが嬉しかったようで、始終ニコニコしていた。
(この無邪気な微笑みーー癒されるわぁ……)
ワタシ、白鳥雛も、口許が自然に綻ぶ。
マオ少年は薬を飲んでから、いかに活力が漲ったかを一頻り熱く語ったあと、しみじみとつぶやいた。
「ほんとうに、ヒナ様は聖女様だったんですね。
ボク、聖女様なんて、初めて見ました」
「あら。マジで、ワタシが聖女だって思ってくれんの?
パーカーさんだって、なかなか認めてくれなかったのに」
「だって、パーカー(旦那)様の足が治ってるんですよ!?
店で働く者はみんな、ヒナ様が聖女様だって信じますよ」
うんうん。
良い兆候ね!
ワタシは悦に入った。
『街中で聖女出現! 追放した王宮、大慌て!?』
ーーこれって、まさにセオリーじゃね!?
ワタシは思わずガッツポーズして、それから少年の頭をクシャクシャする。
「ああ、やめてください、聖女様。
牛が怯えます」
マオくんが可愛いから、いけないんだゾ。
それにしてもーー。
ワタシは改めて、少年の蒼い瞳を覗き込む。
「マオくんはワタシのこと、気持ち悪くないの?」
今さらだが、ワタシは黄色い肌をしている。
おかげで、王宮では聖女様扱いされず、嫌われた。
それなのに、マオくんは初対面から、ワタシを真っ直ぐ見詰めてくれてる気がする。
少年は、はにかんだ笑みを浮かべ、指で頬を掻いた。
「正直に言いますと、初めは怖かったです。
悪魔なんじゃないかって。
店のみんなや、施設でも噂になっていました。
きっと、お客さんの間でもーー」
現に、パーカー商会に直接来店するお客様が減っているそうだ。
お得意様の中では、注文配送に切り替える人が多くなったという。
(ああ、だからパーカーさん、自分も同乗するって言ったのか……)
パーカーさんの必死そうな形相を思い出した。
改めて、申し訳なく思う。
「ごめんね。マオくん。
ワタシ、できるだけ隠れてるから」
ワタシは、ヴェールを改めて降ろそうとする。
が、そのヴェールを、少年が押し上げる。
ドキッとした。
少年は、歳に似合わぬ大人びた笑みを浮かべていた。
「お気遣いなく、ヒナ様。
お得意様の前以外では、のびのびしてください。
聖女様なんですから。
拒む私たちが悪いんです」
「でも、そんなふうに、みんな悪魔を恐れてるのね」
なんとも信心深い、と感心すると、マオ少年は首を振った。
「信心は関係ありません。
魔族は、私たち人間に実害を及ぼすからです。
実際に、魔族は人間を見境なく食べたりするんですよ。
何十年も前には〈人魔大戦〉といわれる大きな戦争があったといいます。
最近でも、お隣の国なんか、お国で一番偉い人が悪魔に魅入られたって大騒ぎでした」
以来、頻繁に行き来があった間柄だったのに、隣国との交流も滞り、道も塞いでしまって、国交が断絶している状態らしい。
人々が魔族を恐れるのには、当然の理由があった、というわけだ。
それに〈魔族嫌い〉が、この国での白人差別を助長しているという。
「それは、どういう……」
と、さらに事情を聞き出そうとしたら、あまり白人として語りたがらないようで、マオ少年は話をはぐらかした。
「そういえばボク、毎日、この商会まで孤児院から通っているんです。
いずれ機会が作れましたら、ボクの孤児院に来ていただけませんか?
聖女様をお迎えすることができるなんて、孤児院の院長でもあられるライリー神父様もお喜びになると思いますし、なにより、ヒナ様をお連れしたボクが、孤児院のみんなに自慢できます」
そういえば、この子、孤児院から派遣されたドレイだった。
こんなに可愛いのに。
マジで、こっちの世界の人たちって見る目ないわ……。
ワタシは隣に座るマオ少年を、ギュッと抱き締めた。
「わかったわ。それから、ワタシ、堅苦しい言葉使い苦手なの。
これからはワタシのことは、ヒナって呼んで」
「はい、ヒナ様!」
「だから、〈様〉がついてるのはーー」
「いえいえ。ヒナ様は〈聖女様〉なんですから」
う〜〜ん。
なかなか対等な間柄になるってのも、難しいわね。
でも、孤児院に行くってのも悪くないかも。
『可哀想な子供にも優しい聖女様』
っていう噂が街中で広がってくれれば、やがては〈聖女伝説〉が出来るんじゃね!?
ワタシ、頑張る!
改めて、ワタシは決意を新たにした。




