◆23 でも、ワタシはガチで決心してっし! 王宮にいるビッチ聖女なんかにゃ負けらんねーって。
ワタシ、白鳥雛は、異世界のパールン王国に〈救世の聖女様〉として派遣された。
それなのに、〈聖女様〉役を金髪の美少女に奪われ、街中の商店で売り娘として働く羽目に陥っていた。
それでも、聖魔法を込めた薬を販売することで、〈聖女伝説〉を築いていこうと奮闘し始めた。
ところが、薬がちっとも売れない。
疲労回復にも精力増強にもガチで効くのに、もったいない。
苛立ったワタシは、自ら店頭に出て売ろうとする。
勢い余って、白い肌をした人にまで薬を勧めてしまった。
すると、その白い肌をした男は、黒い肌をした男にぶん殴られてしまった。
貧相な身体つきをした白人男は従者で、恰幅の良い黒人男が主人だった。
従者が高価な薬を勧められたのが、主人としては我慢ならなかったらしい。
ワタシは、コッチの世界の常識を、うっかり失念していた。
白い肌の人は準国民、黒人から一段も二段も低く見られているってことを。
「ごめん!」
ワタシは即座に頭を下げた。
正直いえば、ワタシとしては、叩かれた白人従者に謝ったつもりだった。
が、黒人オジサンは自分に頭を下げたと思い、気を良くしてくれた。
こっちの世界では、女性が頭を下げるのは最大限の敬意を表す仕草だったから。
オジサンは店員から注文の品を受け取ると、白人男性を引き連れて踵を返しながら、忠告してくれた。
「薬を売るんなら、こんな下町の食料品店に並べるもんじゃない。
貴族街とかの店舗に卸す方が客が付くだろうさ」
やがて、群がっていたお客様たちも買い物を終え、帰路に就き、姿を消していく。
夕刻には、店の前を行き交う牛車やトカゲ車すらまばらになった。
お店の営業時間は終了した。
「はぁ……」
ワタシは小瓶を手にしたまま、沈みゆく夕陽を眺める。
販売の真似事をしてみたが、散々な結果に終わった。
後ろから近づいてきたパーカーさんは、苦い顔をしていた。
「すいませんなぁ、ヒナ様。
パーカー商会は食品を扱う雑貨商なんで。
薬を売っても、信用されにくい」
ワタシは手にした小瓶が青く輝くのを目にしながら、問いかける。
「そういえば、気になってたんですけど、この薬、一瓶、いくらで売ってるの?」
「10デアル」
「えっとーーそれは、どれほどの価値で?」
「こっちにある、でっかい小麦粉10袋分だな。
このザルに入った果物だったら50個分。
砂糖の5倍の値段設定だ」
良くわかんないけど、リンゴや柿みたいな果物が50個分っていうんだから、きっと普通人には手がでないーー。
「高くね!?
ヤベエよ。
だって、この小瓶じゃあ、二、三回分しかねーじゃん?
もともとお医者さんの見立てもないから、処方箋もないんだしぃ。
薬というより、サプリなんじゃね、これ!?」
「しょほう……さぷり?」
「とにかく、塩じゃないんだからさぁ。
高すぎんぞ、マジで!」
ワタシが拳を振り上げて訴えるも、パーカーさんは居直る。
「薬なんだから高くて当然!
しかも、生命力を高めて奇蹟を起こす聖魔法入りなんですから。
これでも大盤振る舞いの価格設定ですよ、ヒナ様」
実際、これほど効果が絶大な奇蹟の薬を安値で売ったら、薬品組合がなんと言ってくるかーーそれを思うと、心配で仕方ないらしい。
「塩のような許可制ではないんですけど、薬の販売は組合の統制に従う建前になってます。
だから、勝手に安くはできないんです」
(はあああ〜〜。めんどくせーー)
ワタシはガックリ肩を落とした。
売れなきゃ意味ない。
宝の持ち腐れじゃん。
誰か、一度でも使ってみればわかるんだろうけど……。
(そうよ。営業だよ。
営業ってやつが必要なんじゃねーの!?)
万能薬を売ろうとしてるんだから、需要はあるに決まってる。
問題は、パーカー商会が薬を販売していること自体、まったく周知されていないことにある。
それがマズイんじゃね!?
とりま、お得意さんに知ってもらう必要があるじゃん、マジで。
昼過ぎから夜にかけて、パーカー商会の商品配達便が行き来する。
最終便が出発しようとしていた。
ワタシは手を挙げ、商品を詰め込んだ荷車を引く牛車に駆け寄せた。
「はぁい、ワタシも行く。乗せてって!」
ビックリしたのは従業員だけではない。
店主であるパーカーさんもだ。
慌てて追いかけてきて、狼狽えた声を上げる。
「ヒナ様が、わざわざ得意先回りなどしなくともーー」
でも、ワタシはガチで決心してっし!
王宮にいるビッチ聖女なんかにゃ負けらんねーって。
ワタシは荷車に足をかけて振り向いた。
「街を見たいのよ。許して」
笑顔を見せるワタシに、パーカーさんは胸に手を当てる。
「では、私も同乗します」
「イヤ! いつも通りのお仕事してよ」
間髪入れず叫ぶワタシを見て、パーカーは諦めたようだ。
溜息をつくと、牛車の御者になってる少年に厳しく命じた。
「マオ。ヒナ様は大切なお方だ。
くれぐれも粗相がないように。
お前も聖女様の従者として、立派に勤めを果たせよ」
「はい!」
勢い良く返事をしたのは、あの白人美少年マオくんだった。
マオは後ろにいるワタシの方を振り向いて、微笑みを浮かべた。
「それでは参りましょう、ヒナ様。
どうぞ、僕の隣に座ってください」
天使の微笑みだ。
ワタシは思わず後方の荷車から、御者役が座る先頭を見渡して息を呑んだ。
(よし、マジで今日はツイてる。勝負はこれからよ!)
ワタシは拳を強く握り締めた。




